キリストの証人となる① エホバの証人が捨てるべき五つの信仰とは
本シリーズでは、1914年、三位一体の否定、エホバのみ名、十四万四千人、輸血拒否、霊魂不滅・地獄の否定等、エホバの証人が掲げる教えが、聖書的に誤りであることを聖書から明らかにしてきました。組織は「光が増し加えられた」と豪語してきたものの、実際に増し加えられてきたのは「闇」だったのです。
これらの真実と向き合うエホバの証人が、これまでに信じてきた偽りを手放し、「イエスの証人」として新たな歩みを始めること、これこそが神の御心であると私は信じています。
では、目覚めたエホバの証人がキリストの証人としての新たな歩みを始める上でどんなステップを進めば良いのか、今回からの幾つかの記事を通して、そのステップを確認していきます。最初に取り上げたいのは、エホバの証人がキリストの証人となる上で必ず捨て去る必要のある5つの信仰の確認です。
目次
キリストを得ることに勝るものはない
エホバの証人の重要教理の多くが実は間違っていた、、このような真実は、特に長くエホバの証人として人生をエホバに捧げてこられた方にとっては、大きな痛みを伴う現実となると思います。しかし、たとえどのような犠牲を払うとしても、真理と向き合い、イエス・キリストの証人として新たな歩みを始める祝福に勝るものはありません。
あの使徒パウロも、イエスの証人としての歩みを始めるためには、それまでのパリサイ人としての全てのキャリアを捨てなければなりませんでしたが、キリストを得ることに比べれば、そうしたキャリアはくずのようなものだと見做したのです。
「しかし私は、自分にとって得であったこのようなすべてのものを、キリストのゆえに損と思うようになりました。それどころか、私の主であるキリスト・イエスを知っていることのすばらしさのゆえに、私はすべてを損と思っています。私はキリストのゆえにすべてを失いましたが、それらはちりあくただと考えています。それは、私がキリストを得て、キリストにある者と認められるようになるためです。・・」(ピリピ3:7〜9)
加えて、パリサイ人としてパウロが積み重ねてきた学びは、彼にとって無駄にはなりませんでした。むしろ、それまでのパリサイ派としての聖書や神学の学びが、その後の聖書教師としてのパウロの働き大いに益することになったのです。(ローマ8:28)
同様のことが、エホバの証人から出てくる人々にも言えます。たとえ人生の多くをエホバの証人としての歩みに捧げてきたとしても、その後の歩みの中で、神は証人時代の経験を活かし、益にして下さるのです。
※本章は、注記が無い限り、全て新改訳2017から引用します。
救いは組織によってではなく、ただイエスを信じる信仰によって与えられる
イエス・キリストの証人として新たな歩みを始める前に、これまでのシリーズで語ってきた内容全てを信じなければならないと考えているわけではありませんが、どうしても捨て去っておくべき偽りの信仰、信じているべき重要な真理というものがありますので、それらをこれから紹介します。
最初に抑えたい信仰の要は、「救いは組織によってではなく、ただイエスを信じる信仰によって与えられる」というものです。統治体はしきりに「この組織に留まらなければ救われない」と信者に教えていますが、新約聖書の中に、そのような「組織信仰」はありません。実際、聖書の中に「組織」という言葉は4回しか出てきません。救いは組織を通してではなく、ただ「イエス・キリストを信じる信仰によって」与えられるのです。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネの福音書 3:16)
神に選ばれた「唯一の組織」はそもそも存在しません。イエスを信じる全ての者は、組織を通してではなく、聖霊によって直接神と繋がっており、一つのキリストの体とされているのです。
「体は一つ,霊は一つです。それは,あなた方が自分たちの召されたその一つの希望のうちに召されたのと同じです。5 主は一つ,信仰は一つ,バプテスマは一つです。」(エペソ4:4~5、新世界訳)
参考記事:組織信仰・思考からの脱却―エホバ神は特定の地上の組織を任命して用いておられるのか
救いは行いによってではなく、恵みにより、福音を信じる信仰によって与えられる
「この恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物です。行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。」(エペソ人への手紙 2:8~9)
エホバの証人は、伝道や奉仕活動等の努力によって救いを得ようと求めていますが、それは聖書の教えではなく、福音の本質から完全に外れています。罪の赦しを受けて救われること、永遠の命を得ることについては、行いによってではなく、恵みと信仰によって与えられるのです。
「私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書に書いてあるとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおりに、三日目によみがえられたこと」(コリント人への手紙 第一 15:3~4)
福音の中心は、キリストの贖い、埋葬、復活にあります。イエスが私たちの罪のために死んでくれたこと、三日後によみがえられたこと、復活したイエスが救い主であることを心から信じる人には、その信仰を通して罪の赦しがその瞬間に与えられ、救いを得るのです。
「なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。」(ローマ人への手紙 10:9~10)
参考記事:十四万四千人と大群衆② 衝撃!エホバの証人は本当の福音を宣べ伝えていない?
新しい契約の恵みは十四万四千人だけのものではなく、信じる全ての人のためにある
「すなわち、イエス・キリストを信じることによって、信じるすべての人に与えられる神の義です。そこに差別はありません。すべての人は罪を犯して、神の栄光を受けることができず、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いを通して、価なしに義と認められるからです。」(ローマ人への手紙 3:22~24)
罪の赦しによって与えられる「神の義」は、信じる全ての人に与えられます。そこに差別はありません。したがって、新しい契約の恵みは、十四万四千人だけのものではなく、信じる全ての人に与えられているのです。
「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとなる特権をお与えになった。」(ヨハネの福音書 1:12)
神は、イエスを受け入れた全ての人々に、「神の子どもとなる特権」をお与えになりました。救われる全ての信者は、神の子どもとされる恵みに与るのです。
参考記事:十四万四千人と大群衆① 大群衆は新しい契約の当事者ではないのか?
エホバではなくイエスの名を呼び求め、イエスの証人となる
「コリントにある神の教会へ。すなわち、いたるところで私たちの主イエス・キリストの名を呼び求めているすべての人とともに、キリスト・イエスにあって聖なる者とされ、聖徒として召された方々へ。主はそのすべての人の主であり、私たちの主です。」(コリント人への手紙 第一 1:2)
もしもエホバの証人が紀元一世紀にタイムスリップしたら、証人たちは間違いなく、「イエスの名」ではなく、「エホバの名を呼び求めている人々」として知られるでしょう。しかし、一世紀のイエスの弟子たちは、「エホバの名」ではなく「イエスの名を呼び求める人々」として、「エホバの証人」ではなく「イエスの証人」として知られていました。
「しかし、聖霊があなたがたの上に臨むとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、さらに地の果てまで、わたしの証人となります。」(使徒の働き 1:8)
参考動画:エホバのみ名を用いるべきですか?
なぜ、エホバの証人は、この事実を認めることができないのでしょうか?それはイエスを神と信じないため、エホバの名とイエスの名を同列に置くことができないからです。しかし実際には、一世紀のイエスの弟子たちは、旧約のイスラエルがエホバの名を呼び求めていたのと全く同じように、イエスの名を呼び求めました。それは、イエスを主なる神として信じていたからです。
イエスを「ミカエル」ではなく、「主なる神」として信じる
最後に抑えたい信仰の要は、イエスを神ご自身として信じることです。
「ひとりのみどりごが私たちのために生まれる。ひとりの男の子が私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名は「不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君」と呼ばれる。」(イザヤ書 9:6)
「初めにことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」(ヨハネの福音書 1:1)
これらの聖句にも書いてあるように、聖書には実際にイエスを神ご自身として描く言葉がたくさんあります。また、一世紀のクリスチャンがイエスの名を呼び求めていたと言う事実も、イエスを神と信じる信仰と見事に調和します。
トマスが復活のイエスと出会った時に「私の主、私の神」と告白した時も、イエスはそれを否定せず、その告白を受け入れました。もしもトマスがエホバの証人だったら、間違いなくあのような告白はしなかったことでしょうし、彼は排斥になっていることでしょう。
「トマスはイエスに答えた。『私の主、私の神よ。』イエスは彼に言われた。『あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ないで信じる人たちは幸いです。』」(ヨハネの福音書 20:28~29)
イエスを証しするイエスの証人は、「別のイエス」ではなく「本当のイエス」を証ししなければなりません。そのためには、「主なる神」としての本当のイエスの姿をはっきりと信じている必要があるのです。
参考動画:イエスは神ですか?
以上に挙げた点に心から同意し、これからは聖書的な福音を信じ、イエスを主なる神として信じて歩みたいと願われるなら、次に進むべきステップは、(1)信仰告白の祈りを神に捧げること、(2)聖書的なバプテスマを受け直すこと、(3)エホバの証人の組織からの脱退すること、の三つです。順を追って説明します。






