長老兄弟への手紙~管理人が長老団へ渡した手紙の全文を公開


長老兄弟への手紙~管理人が長老団へ渡した手紙の全文を公開

親愛なる長老兄弟へ
これまでの信仰生活を通して学び、そして気づいたこと

2007年、神奈川県に住んでいたときに、私はエホバの証人と定期的な聖書研究を始めました。元々、宗教には全く興味が無かった私ですが、エホバの証人と研究を始め、聖書を学ぶようになってからは、この世界を造られた神が本当に実在することを知り、感動を覚えました。またそれだけでなく、父なる神が、イエス・キリストを私の罪の贖いとして捧げて下さったことを知り、神様の深い愛情に心を動かされました。

また、エホバの証人との研究だけでなく、出版物で紹介されている文献や、インターネットなどを通じて、聖書に関わる様々な情報を調べました。そして、それらの情報を通して、神の真理、聖書に対する私の確信は強まり、研究は順調に進んでいきました。

その後、横浜アリーナで行われた地域大会で、私はバプテスマを受けました。バプテスマを受けてからも、毎週の集会に参加したり、そこで注解をしたり、野外奉仕に出たりと、エホバの証人としての活動を楽しんで行っていました。

日々の伝道を楽しんでいた私でしたが、あるときに、伝道でお会いした方から、1914年に関する質問を受けました。その質問の内容とは、エルサレムが倒壊した年代は、協会が主張する「西暦前607年」ではなく、「西暦前587年」ではないか、という問題でした。

私は、「真実の神エホバ」を証言する証人として、全ての疑問に対して、誠実に回答をすることを心がけていましたので、この問題についても、誠実に調べる必要があると考えました。それで、まずは、一通りの信頼性のある辞典を確認していきましたが、協会の主張する「BC607年」を擁護する資料は一つも無く、全ての文献は、それが「BC586~587年」であったことを示していました。

言うまでもなく、エルサレムの倒壊年代は、1914年の教理の土台となる重要な年代ですから、これを機に、私は、聖書が実際に何と述べているのかを、正しく調べ直す必要があると強く感じました。もしも、BC607年説や、1914年の教理が真理なのであれば、一連の研究を通して、私の確信はより強固にされるはずです。しかし、もしもそうでないことが明らかになるならば、その教理が信じるに値しないものであることが明らかになるはずです。いづれにしても、何が真理であるかを求め続けることは、神のご意志に適っているということを私は確信していました。

「10 すぐさま,兄弟たちは夜のうちにパウロとシラスを共にベレアに送り出した。彼らは到着すると,ユダヤ人の会堂に入った。11 さて,[ここの人たち]はテサロニケの人たちより気持ちがおおらかであった。きわめて意欲的な態度でみ言葉を受け入れ,それがそのとおりかどうかと日ごとに聖書を注意深く調べたのである。」(使徒17:10~11)

1914年の問題について

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エルサレムの倒壊年代をきっかけとし、協会の教理と聖書の言葉を比較する研究を始めた私でしたが、ここでは、一連の問題を研究した結果、どうしても取り上げるべきだと感じた、いくつかの点を挙げさせていただきます。

この問題と関連し、私は、1914年当時、実際のラッセル兄弟がどんな事を書き、また予言したのかを確認する必要があると感じました。それで、ラッセルが残した『聖書研究』の1~7巻までを、海外のオークションサイト「Ebay」にて、全て入手することに成功しました。全てを読んだわけではありませんが、いくつかの重要な箇所を読み、現行の協会の出版物の説明と比べ、新たに発見したことをいくつ挙げさせていただきます。

また、以下に記す内容の補足資料として、引用箇所の原本のコピーも、合わせて提供させていただきます。

原本のコピーのダウンロードはこちら

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ラッセルの『聖書研究』全巻。今は絶版。

1914年に聖書研究者たちが触れ告げていた内容

まず、現行の協会の出版物においては、1914年当時の状況について、次のように述べられています。

[彼らは,早くも1870年代に,七つの時が1914年に終わることを指摘していました。(ダニ4:25。ルカ21:24)当時の兄弟たちは,その注目すべき年にどんな意味があるかを十分に理解していたわけではありません。それでも,知っていた事柄を遠く広くふれ告げました。今のわたしたちもその益を受けています。」(『神の王国は支配している』15頁)

1914年のずっと前から,聖書研究者たちは,その年に苦難の時が始まると述べていましたそして,事態はまさに彼らの予告どおりになりました。」―『神の王国は支配している』22頁

上記の説明の中で、重要な要点は、次の三つです。

  1. 聖書研究者たちは、その年にどんな意味があるかを十分に理解していたわけでは無かった。
  2. 聖書研究者たちは、1914年のずっと前から,その年に苦難の時が始まると述べていた
  3. 事態はまさに彼らの予告どおりになった

 

次に、ラッセルが書いた『聖書研究』のシリーズの一つ『時は近づけり』76~77ページから、当時の聖書研究者たちが、実際に何を信じ、広くふれ告げていたのか、要点を抜き出します。

  1. 1914年には、神の王国が完全にして統括的な権力を持ち、現存する諸機関の瓦礫の上に樹立される
  2. その年に支配権を取るキリストが現れるが、実際にはそのもっと前から姿を現すであろう。
  3. キリストの会衆は、1914年が終わる前頃に、王と共に天の栄光を受ける。
  4. 1914年以降、エルサレムはもう異邦人たちによって踏みつけられることはなくなる。
  5. 1914年まえに、あるいはもっと早い時期までに、イスラエルはかたくなさから解放され始める
  6. 大艱難が頂点に達し、世界規模で無政府状態が生じる
  7. 1914年に至るまでに、神の王国が建てられ、異邦人の権力が完全に失われる

このように、当時の聖書研究者たちは、以上の7つの事が、1914年までに起こることをはっきりと理解し、また広くふれ告げていました。すると、現行の協会の出版物の説明と比べて、次のような食い違いがあることがわかります。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【出版物の説明】聖書研究者たちは、その年にどんな意味があるかを十分に理解してはいなかった。

【事実】聖書研究者たちは、その年にどんな意味があり、何が起こるのかを詳しく教えられ、信じていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【出版物の説明】聖書研究者たちは、1914年のずっと前から,その年に苦難の時が始まると述べていた

【事実】聖書研究者たちは、1914年に苦難が始まるということではなく、1914年までに苦難が頂点に達し、その年までには、神の王国が建てられることによって、全ての苦難が終わると述べていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【出版物の説明】事態はまさに彼らの予告どおりになった

【事実】事態は、まさに彼らの予告通りにはならなかった。実際に、ラッセルが予言した7つの重要な出来事は、一つもその通りにならなかった。異邦人の時が終わる、という宣言も、「イスラエルが異邦人から解放され、そこに神の王国が建てられる」という意味で説明していた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

このように比較していくと、ラッセルを含む聖書研究者たちが、熱心に広くふれ告げていた予言が、全くその通りにならなかった、という事実に対して、協会の出版物は、あたかも「まさに彼らの予言通りになった」という間違った説明をしています。

このような説明が、意図的になされているのであれば、それはエホバの前に、極めて深刻な問題であることになります。また、これらの誤った説明が、意図的ではなく、調査不足によるものであれば、他にも、調査不足による色々な間違いが含まれる可能性が浮上することになり、もはや組織の歴史を記した協会の出版物は、その正確性において、信用できないものとなります。

神を喜ばせたいと思っている人は,真実でないことを言い広めるべきではありません。聖書は,「偽りの唇はエホバにとって忌むべきものであ(る)」と述べているからです。(箴言 12:22)真実でないと分かっているうわさ話をわざと始めたり,言いふらしたりすると,うそをついていることになります。クリスチャンは「偽りを捨て去(り)」,「おのおの隣人に対して真実を語(る)」べきであると聖書は述べています。―エフェソス 4:25。―『目ざめよ』1999年2月22日号、18項

1915年への修正

私の手元には、EBAYにて、購入をした数冊の『時は近づけり』があり、その中には、1914年に発行されたものもあります。そして、1914年版の『時は近づけり』を確認すると、その前の版では、「1914年に世界が終わることが揺るがぬ真理である」と予告されていた箇所が、1915年が揺るがぬ真理である」と修正されています。

『時は近づけり』1910年、101
「この異邦人の時に関する聖書からの強力な証拠に基づき、次のことは揺るがぬ真理であると考える。すなわち、1914年の終わりに、この世界にある王国の数々は終末を迎え、代わって神の王国が打ち立てられるということである。そしてこの聡く公正なる体制のもとに地は主の栄光、智恵、義、そして平和で満たされるであろう。(詩篇72:19、イザヤ6:3、ハバクク2:14)。神の御心が「天に行われる通り、地にも行われる」ことになる。

『時は近づけり』1914年、101
この異邦人の時に関する聖書からの強力な証拠に基づき、次のことは揺るがぬ真理であると考える。すなわち、1915年の終わる頃の時期に、この世界にある王国の数々は終末を迎え、代わって神の王国が打ち立てられるということである。そしてこの聡く公正なる体制のもとに地は主の栄光、智恵、義、そして平和で満たされるであろう。(詩篇72:19、イザヤ6:3、ハバクク2:14)――『時は近づけり』1914年、101頁

もしも、「事態はまさに彼らの予告どおりになった」のであれば、ラッセルは年代を修正したりはしなかったはずです。しかし、1914年当時、それまでにふれ告げてきた予言がその通りにならなかったことを受け、ラッセルは、その年代を、1915年へと修正したということがわかってきます。

またこの事実は、聖書研究者たちが、1914年という年代を、首尾一貫して主張してきた、という協会の説明とも、大きく異なっています。

他国の首脳がある国を訪問する場合は普通,滞在の日程が発表されます。同じことが主イエス・キリストの臨在についても言えます。「ものみの塔」誌は,天の王国の権能を持つイエスの臨在が1914年に始まったという証拠を,誠実な態度で聖書預言を研究する人々に首尾一貫して示してきました。―塔1993/1/15, 5頁

キリストの臨在のしるしは、いつから識別されたか

当時の聖書研究者たちが、「キリストの臨在のしるし」をいつから識別し始めたか、という点について、出版物では次のように説明されています。

1914年に聖書研究者はキリストの臨在のしるしを識別し始めた―『神の王国』20頁。

つまり、聖書研究者たちが、「臨在のしるし」を識別し始めたのは、1914年からだと説明されています。次に、『時は近づけり』から、事実を確認してみます。

「我々の見解が偏見で歪められていなければ、神の言葉という望遠鏡をきちんと調整することで「主の日」に起こることになっている様々な事柄の特徴をはっきりと見ることになろう。すなわち、我々はまさにこれらの事柄の真っ只中にあること。そして「大いなる主の怒れる日は来たり」ということ。―『The Time is at Hand』(時は近づけり)101頁

この文章から、聖書研究者たちは、1914年よりもずっと前から、「キリストの臨在のしるしは既に見えている」と主張していたことがわかります。

さらに、「1874年からキリストの臨在が始まった」という説明は、1914年になって、すぐに修正されたわけではありません。「1874年臨在の開始説」は、1914年の後10年以上に渡って継続し、1928年まで続きました。

そして「1914年からキリストの臨在が始まった」という説明を協会が確立したのは、1914年から約30年後の「1943年」でした。

以上の点は、『千年王国』(1974)の205~208頁を確認すると、はっきりと理解できます。(今でも、Watch Tower Library から確認が可能です。)

ですから、一連の出版物の記録が明らかにしているのは、次のような事実です。聖書研究者たちは、「1914年からキリストの臨在を識別し始めた」わけでは全くありません。彼らは、1874年から「キリストの臨在が始まった」と信じ始め、「臨在のしるし既に見えている」とふれ告げていました。

そして、色々な教理の変更はあったにせよ、1928年までは、1874年臨在開始説を変更することはありませんでした。そして、ようやく、「1914年臨在開始説」を決定したのは、1914年から30年も経った1943年のことだったのです。

出版物の説明から、一貫して感じる雰囲気は、協会が、「聖書研究者たちが、1914年からのキリストの臨在を的中させた」というイメージを読者にもたせるよう、表現を工夫している、ということです。しかし、それらの説明は、実際に起きた出来事と正反対の印象をもたせるものです。

1918年の問題

1917年に出版された『聖書研究』の第七巻『終了した秘儀』を執筆したのは、ラザフォード会長でした。出版物では、この本が精力的にアメリカ中で配布されたために、真理に敵対するキリスト教の僧職者たちから迫害された、と説明されています。

「1917年の終わりから1918年の初めにかけて,聖書研究者たちは「終了した秘義」という新しい本を精力的に配布しました。1917年の終わりまでに,よく動く印刷機からはその本が85万冊生産されていました。「ものみの塔」誌(英文),1917年12月15日号は,「聖書以外の既知のどの本の売り上げを取ってみても,同じ長さの期間で比較すれば,第7巻が記録した売り上げには及ばない」と伝えています。

しかし,すべての人が「終了した秘義」の成功に胸を躍らせたわけではありません。この本には,キリスト教世界の僧職者に対する非常に痛烈な言葉が幾らか含まれていました。そのため僧職者は激怒し,政府をたきつけて,聖書研究者たちの出版物を封じ込めようとしました。」―『ふれ告げる』69頁

しかし、以下の項目を確認すると、1918年頃に世の終わりが到来することに関する予言が、はっきりと記録されています。

「また、1918年に、神が教会や何百万人もの教会員を滅ぼす時、脱出する人々はキリスト教の崩壊の意味についてラッセル牧師から学ぶようになるだろう。」―『終了した秘義』485頁。

つまり、当時の聖書研究者たちは、『終了した秘儀』を通して、「1918年にはキリスト教世界が滅びされて新しい世が到来する」という予言を、広範囲に渡って精力的にふれ告げていたことになります。そして、その予言は大々的に外れました。

それで、世界大戦という過渡期の時代に、キリスト教が主流な米国において、このような挑戦的な預言が含まれた書籍を広めたら、批判に遭うのは必然だったのではないでしょうか?しかもその本の中には、「1918年にキリスト教が滅びる」という、エホバからのものではない外れる予言が含まれていたのですから、「迫害された」という表現が適切であったのか、という点に疑問が残ります。

加えて、疑問に感じたのは、以下の説明です。

「第一次世界大戦が行なわれた1914‐1918年の迫害の期間中,その世界戦争がそのまま世界革命ひいては無秩序状態のハルマゲドンに至る,と考えた油そそがれたクリスチャンがいました。」(『秘義』1976年、p.69)

ここでは、当時の状況が少し触れられていますが、「~と考えた油そそがれたクリスチャンがいました」という表現からは、「当時の聖書研究者たちの中に、そう信じている人もいました」というニュアンスが伝わってきます。

しかし実際には、とある油注がれたクリスチャンどころか、会長のラザフォード自身が、協会を代表して発表した内容であり、ただ内輪で考えただけでなく、聖書研究者たち全体が一致して、精力的にふれ告げた予言でした。

「ものみの塔」誌(英文),1917年12月15日号は,「聖書以外の既知のどの本の売り上げを取ってみても,同じ長さの期間で比較すれば,第7巻が記録した売り上げには及ばない」と伝えています。(ふれ告げる、69頁

ですから、率直な感想として、「事実を正直に伝える」という姿勢は出版物からは感じられず、むしろ「事実と異なる印象」を与えようとするニュアンスが、ひしひしと伝わってくるのです。

1914年~1918年:任命に関わる重要な期間の問題

1914年~1918年に渡る三年半は、組織にとって極めて重要な期間です。なぜなら、その三年半は、キリストが世界中の宗教を検分した期間であり、その期間における忠実さを評価した結果として、ものみの塔協会が「神からの唯一の経路」として任命されたと説明されているからです。ですから、この三年半の間に、実際に何が起きたのかについて、協会側には、世界中の信者や未信者に、事実を偏り無く、正確に説明する重大な責任があるはずです。

しかし、既に確認してきた通り、この三年半の間に、聖書研究者たちは、大々的に、三回にも渡り、「世の終わりが来る」という予言を外しています。この僅かな期間に、三回も外す、というのは、かなり深刻な問題ではないでしょうか?事実、神の言葉は、エホバの名を持って語る予言を外すことが重大な罪であることを、次の聖句によって指摘しているからです。

「『しかし,話すようにとわたしが命じたのではない言葉をあえてわたしの名において話し,あるいは他の神々の名において話す預言者,その預言者は死ななければならない。21 そして,あなたが心の中で,「エホバが話されたのではない言葉をどのようにして知るのか」と言う場合であるが,22 もし預言者がエホバの名において話しても,その言葉が実現せず,そのとおりにならなければ,それはエホバが話されなかった言葉である。その預言者はせん越にそれを話したのである。あなたはその者に恐れ驚いてはならない』」(申命記18:20-22)

また、出版物の説明では、啓示11章に登場する「二人の証人」は、1914年~1918年に活動した聖書研究者たちのことだと説明されています。

3 そしてわたしは,わたしの二人の証人に,粗布を着て千二百六十日のあいだ預言させる」。4 これらの者は,二本のオリーブの木,また二つの燭台[によって象徴されて]おり,地の主の前に立っている。

そして、上記の聖句の説明からすると、この時期に、神は二人の証人に「預言」させます。ですから、もしも当時の聖書研究者たちが、本当に「二人の証人」だったのであれば、彼らがエホバの霊によって語った「預言」は、正確に成就していたはずです。しかし、それらの予言の一つとして、そのとおりになったものはありませんでした。それで、神の言葉によれば、彼らに予言をさせたのは、エホバでは無かったことになります。

また、協会は、過去に予言を外したことはあるが、それは、他の多くの功績を踏まえれば、大したことは無い、と出版物で説明しています。私としては、もしも協会が、本当にそう考え、信じているのなら、この三年半の期間に、世の終わりの予言を、大々的に三回に渡って外したという事実を、包み隠さず説明する必要があると思います。

しかし、実際の所、そのような弁明とは裏腹に、予言を外した事実を正確に説明せずに、むしろ、外れた予言があたかも的中したかのように説明しています。ですから、協会側は、実際には、この時期の予言の失敗という問題が、任命の根拠に関わる重大な問題であることを、自らの説明によって認めてしまっているのではないでしょうか。

『ものみの塔』2017年7月号の「思考に対する攻撃に打ち勝つ」という記事では、プロパガンダの危険性に対する注意喚起がなされており、次のようになっています。

あなたは攻撃を受けています。敵はサタン,兵器はプロパガンダです。体ではなく,思考を攻撃する兵器です。・・・

プロパガンダはどれほど危険か
ここで言うプロパガンダとは,偽の情報や偏った情報を用いて,人の考えや行動を操ることです。プロパガンダは「うそ,歪曲,欺き,操作,マインドコントロール,心理戦」,「非倫理的で有害で不正な策略」と言われています。(「プロパガンダと説得」[英語])

プロパガンダはなぜ危険ですか。無色無臭の毒ガスのように,知らず知らずのうちに影響を与えるからです。

記事の中では、プロパガンダはサタンの兵器であり、その手法は「偽の情報や偏った情報」であるとしていますが、協会が、1914年~1918年の予言の失敗に関して行っている説明は、まさに「偽の情報や偏った情報」なのではないでしょうか?

偽りの宗教との関わりの問題

『聖書研究』シリーズのシンボル

ラッセルの聖書研究シリーズの全巻の表紙には、一つの共通するシンボルが表記されていることを、私は真っ先に発見しました。言うまでもなく、『聖書研究』は、ラッセルが生涯をかけて書き残したものであり、その著作は、彼にとって重要なアイデンティティそのものです。ですから、そのようなシリーズの全巻の表紙に用いるシンボルは、ラッセルにとって、よほど重要なもの、それは彼の聖書研究全体を貫く重要な要素であったに違いありません。

そのシンボルとは、『翼を広げた太陽の円盤』、英語では『Winged solar Disc』という名の紋章であり、聖書とは全く関係ありません。むしろそれは、「エジプトの偶像神」のシンボルでありオカルトの総本山としても有名なフリーメーソンも、好んで用いているシンボルです。

『翼を広げた太陽の円盤』、英語では『Winged solar Disc』

インターネットの画像検索で、「masonic temple egypt」と検索し、エジプトのフリーメーソンの建物を見ていくと、同じシンボルがたくさん刻印されているのがすぐにわかります。

 

つまり、それはエホバに関係するものではなく、エホバに敵対するものであり、エホバがイスラエル人をエジプトから救出するときに裁きを下したエジプトの神々の紋章なのです

このような事実を踏まえると、ラッセルは、果たして何の霊に導かれつつ著作活動を行っていたのでしょうか?この事実は、全てのエホバの証人が、真剣に問わねばならない問題だと私は考えています。

『ものみの塔』誌のシンボル

ものみの塔誌 1907年10月

ものみの塔誌 1907年10月号

こちらは、1907年のものみの塔誌の表紙の画像ですが、左上と右上に、十字架と騎士のシンボルがあることがわかります。次に、六本木にあるフリーメーソンの建物(グランドロッジ)の内部の扉の画像をご紹介します。

フリーメーソン グランドロッジ 六本木

出典:フリーメーソン公式サイトより(http://japangrandlodge.org/openhouse.html)

右側のステンドグラスの絵をよく見ると、ものみの塔誌の表紙と全く同じ、十字架と騎士のシンボルがあることがわかります。

調べてみると、これらのシンボルは、メイソン神殿騎士記章(Masonic Knights Templar Logo)というものであり、フリーメーソンが好んで用いるシンボルの一部です。

こうした点からも、ラッセルの信仰と、フリーメーソンの信仰との間の共通点を感じざるを得ないのです。

マソニックホールの使用

フリーメーソンの建物は、「マソニック・ホール」と呼ばれますが、ものみの塔協会は、初期の頃から、数十年に渡り、フリーメーソンの建物を集会の場所として用いていたことが、出版物の内容からはっきりとわかります。

初期の頃からメルボルン会衆はマソニック・ホールを集会で使用した

1907年には,メルボルン市東部のジョージ街にある,隣合わせの同じ形の2軒の家と地所が,権利証書は各々別個にして購入されました。そして,そこに当時のベテル家族が住みました。やがて,事務所はメルボルン市コリンズ街の一つのビルに設けられました。・・・

ごく初期のころから,メルボルン・エクレシア,つまりメルボルン会衆は,コリンズ街のマソニック・ホールを集会場所として使用しました。―『1984年 年鑑』38頁。

1910年頃、ダーバンでは毎週マソニック・ホールで講演が開かれた

1910年にダーバンに戻ってまもなく,ジョンストン兄弟はダーバンでものみの塔協会の支部事務所を開設するようにという指示をラッセル兄弟から受け取りました。・・・

その間ダーバンではジョンストン兄弟が毎日曜日の晩定期的にスミス通りのマソニック・ホールで聖書の講演をしていました。―『1974年 年鑑』78頁。

1920年代 フリーメーソンの古い集会所を借りていた

1926年に一人の友人と私は,船の上で働きながら世界を旅行するという少年の夢を追うことに決め,無線電信のオペレーターになる目的でRCAスクールに入学しました。

ベテルでの新しい生活
私たちが通っていたラジオ学校は,ニューヨーク市にあったので,私は聖書研究者の集会に出席するために,川を渡ってブルックリンへ行きました。集会はフリーメーソンの古い集会所の講堂を借りて行なわれていました。―『ものみの塔』1994年8月1日号、22頁。

1945年頃、ルイジアナ州でフリーメーソンの建物が借りられた

1945年の初めに,まだ会衆のなかったミズーリ州の小さな町々で二人一緒に開拓奉仕を行ないました。ボウリング・グリーンでは,集会のための会場を整える時に,母が来て手伝ってくれました。それから毎週,町の家を一軒残らず訪問して人々を公開講演に招きました。講演はセントルイスの兄弟たちに来てもらって,してもらうようにしていました。毎週40名から50名の出席がありました。後に私たちはルイジアナ州でも同じことを行ない,そこではフリーメーソンの建物を借りました。会館の借用料を賄うために寄付箱を置いたところ,毎週,全部の費用を支払うことができました。―『ものみの塔』1996年8月1日号、22頁。

疑問

なぜ、真の神であるエホバを崇拝するために、偽りの神々の総本山であるフリーメーソンの建物を使用する必要があったのでしょうか?確かに、かつてのフリーメーソンは、表面的には、いわゆるロータリークラブ(社会奉仕団体)のようなものとして米国で認知されていましたが、それはあくまで、1800年代までのことであり、その年代に、フリーメーソンの実態について認知しだした多くのキリスト教団体は、教会の中から、フリーメーソン会員の締め出しを行いました。

ですから、ラッセルが盛んな活動をしていた時期には、既に、米国内で、フリーメーソンが闇と繋がっている組織だと認識されていました。ですから、「知りませんでした」という弁明はできないはずなのです。

真の神エホバを崇拝する場所として、他にも、公共の建物やホールは、いくらでもあったのではないでしょうか?なぜ、わざわざ、フリーメーソンの建物を使用する必要があったのでしょうか?ものみの塔協会とフリーメーソンとの間に友好関係があったために、借りやすかったのでしょうか?あるいは、マソニックホールという点では気が引けていたとしても、賃料が安かったために、妥協して借りたのでしょうか?

エホバへの従順において妥協せずに祈り求めていたのなら、エホバの導きによって、もっと適切な場所が用意されたのではないでしょうか?

それで、ラッセルやその後の協会の代表者たちが、数十年に渡ってフリーメーソンの建物を用い続けていた、という事実について、協会はその理由を正直に説明する必要があると、私は思います。

まとめ

一連の事実を踏まえ、1914年~1918年の重要な期間に、実際にあった出来事や事実をまとめると、次のようになります。

  1. 1914年、1915年、1918年、の三回に渡り、大々的に世の終わりに関する予言を外しました。
  2. ラッセルの著作『聖書研究』の全巻の表紙の中央には、エジプトの偶像神のシンボルが刻印されていました。
  3. ものみの塔は、数十年に渡り、フリーメーソンの建物を継続的に利用していました。

実際に、ラッセルやラザフォードが、真にエホバの霊に導かれていたのであれば、1914年に関する予言を大々的に外す、ということはあったでしょうか?また、なぜ協会は、ラッセルと聖書研究者たちがふれ告げた予言が、全くその通りにならなかったという事実を、包み隠さず公表せずに、むしろ「あたかも的中した」かのように説明しているのでしょうか?

また、『聖書研究』には、エジプトの偶像神の刻印がはっきりと記載されていましたが、このような問題は、聖なる神エホバにとって、許容範囲であったのでしょうか?

例えば、ある模範的なエホバの証人の兄弟が、実は、すぐに来ることも無いハルマゲドンの予言を周りに吹聴していたり、自分のお気に入りの家具の全てに偶像のシンボルを貼り付けているのが発覚したら、彼は長老の任命を受けることができるでしょうか?それは全く不可能なはずです。

すると、長老の任命でさえ無理なのに、まして、世界中のエホバの僕を代表する組織を、あのような状態でエホバが任命することが本当にあったのか、という点で、私は確信を持つことが全くできないのです。

もっとも、出版物では、「徐々に清められてきた」と説明されていますが、忠実な僕を任命する際の基準は、既に2000年前に、新約聖書で明らかにされているので、その基準をエホバが一時的に変更したとは、どうしても考えることができないのです。

新世界訳聖書について

新世界訳聖書を研究した経緯

私が、初めて手にし、ちゃんと読んだ聖書は、言うまでもなく、エホバの証人の発行する新世界訳聖書でした。以来、私は、特に何の疑問も持たず、「これが最高の聖書だ」と考え、読んできました。

ただ、1914年の問題を機に、新世界訳聖書についても、組織の説明を鵜呑みにすることなく、改めてその価値を吟味しようと思いました。

それで私は、聖書を読む時に、新世界訳聖書だけでなく、他の訳の聖書も比較して読むようになりました。そして、気になる聖句があれば、色々な訳を比較したり、ヘブライ語やギリシア語の原文の意味を確認したりするようになりました。

このような聖書研究の上で、エホバの証人に発行する「新約聖書ギリシア語王国行間逐語訳」の存在は、大いに助けになりました。なぜなら、気になる聖句の単語や文章が、原文においてどのように表記されているのかが、すぐにわかるからです。今でも、個人研究の際は、この行間逐語訳をしばしば用いており、これを発行してくれたものみの塔協会に感謝しています。

聖書翻訳における厳粛なルール

「わたしは,すべてこの巻き物の預言の言葉を聞く者に証しする。これらのことに付け加える者がいれば,神はこの巻き物に書かれている災厄をその者に加えるであろう。19 また,この預言の巻き物の言葉から何かを取り去る者がいれば,神は,命の木から,また聖なる都市の中から,すなわち,この巻き物に書かれているものから彼の分を取り去られるであろう。」(啓示22:18-20、新世界訳)

聖書翻訳における絶対的なルールは、聖書そのものが証言しています。それは、原文にある語句を、勝手に付け加えたり取り去ったりしてはならない、ということです。どんな人であろうと、このような行為を行う者は滅ぼされる、というのが、イエス・キリストによる厳粛な警告となっています。

改ざん以外の、もう一つの重要な確認事項は、新世界訳聖書の翻訳のスタイルの問題です。聖書翻訳には、大まかに次の二つのスタイルが存在します。一番目は、できるだけ字義通りに正確に訳出する「逐語訳」のタイプであり、二番目は、原文の意味を、多少変えてでも、できるだけわかりやすく訳出する「意訳」のタイプです。

それで、改訂版ではない、従来の新世界訳聖書は、「逐語訳」の部類に入ると、ウェブサイトでははっきりと説明されています。

「逐語的な訳:『新世界訳』は、自由訳とは違い、自然さや原文の意味が失われない限り、できるだけ字義通りに訳している原文を自由に言い換える翻訳では、人間の解釈を加えたり、重要な詳細を切り捨てたりする恐れがある。」―『新世界訳は正確ですか』

聖句の意訳のための言い換えはなされていません。むしろ,今日の表現法が許すかぎり,また字義通りの訳出によるぎごちなさによって考えが覆われてしまわない範囲で,できるだけ字義通りの訳出を行なうよう努力が払われています。これにより,原文の述べている事柄を努めて字句通りに知ろうと細心の注意を払う人々の願いは満たされるのです。

単なる簡潔さのために原文の言い回しを変えたり,原文の字義通りの訳出で十分意味が通じるのにそれと類似した今日の表現法で置き換えたりすることはなされていませんそれぞれの主要な語に一つの訳語を当て,文脈上許されるかぎり努めてその語を用いることによって,翻訳の一貫性が保たれています。ときにこれは訳語の選択の面で制約となってはいますが,相互参照や,関連した聖句の比較対照のために助けになります。」―『参照資料付き聖書 序文』

以上の説明において重要なのは、以下の二つ点です。

  • 自然さや原文の意味が失われない限り、できるだけ字義通りに訳している
  • 聖句の意訳のための言い換えはなされていない

以上を踏まえて、新世界訳聖書を読んでいて、特に気になった箇所を、複数挙げさせていただきます。

参照する聖書について

  • ギリシャ語王国行間逐語訳(1969)*ギリシャ語と英語の対訳
  • 新世界訳聖書(1985)
  • 口語訳(1955)*ものみの塔の雑誌でもよく引用される
  • 新世界訳聖書 改訂版(2013)英語 (NWT)
  • American Standard Version (ASV) *ORGで読める
  • King James Version (KJV) *ORGで読める

主要な代理者(ペテロ第一3:15)

使徒3章15節

archgon Archegosの意味:
①先導者(道を切り開いて)、導く者、導き手、指導者、君主、②開始者、創始者、創立者、元祖。¯織田昭『新約聖書ギリシア語小辞典』教文館、76頁.
1 : the chief leader, prince, of Christ.  2 : one that takes the lead in any thing and thus affords an example, a predecessor in a matter, pioneer.  3 : the author ―“The NAS New Testament Greek Lexicon

「一方では,命の主要な代理者を殺しました。しかし神はこの方を死人の中からよみがえらせたのであり,わたしたちはその事の証人です。」(新世界訳)

いのちのを殺してしまった。しかし、神はこのイエスを死人の中から、よみがえらせた。わたしたちは、その事の証人である。」(口語訳)

「whereas you killed the Chief Agent of life. But God raised him up from the dead, of which fact we are witnesses.」(NWT)

「and killed the Prince of life; whom God raised from the dead; whereof we are witnesses.」(ASV)

「And killed the Prince of life, whom God hath raised from the dead; whereof we are witnesses.」(KJV)

「and you killed the Author of life, whom God raised from the dead. To this we are witnesses.」(ESV)

新世界訳聖書で「主要な代理者」と訳されているギリシャ語「Archegosは、「君主・先導者・創始者」という意味であり、常に第一原因を表す言葉です。ですから、「代理者」という意味は、この語には全くありません。わかりやすく言い換えると、ギリシア語の原文で「社長」と書いている箇所を、協会側は「社長代理」と書き換えたことになります。

これは、元の原語を全く違う意味にしてしまう訳出であり、意訳を飛び越えて、改ざんに該当してきます。他の色々な聖書を確認しましたが、このように、原語の意味を変えてしまっているのは、新世界訳聖書だけです。

協会側が、この語を「主要な代理者」と訳出した理由は、はっきりと理解できます。ものみの塔の教えでは、神は最初にイエスを創造し、そのイエスによって他の命を創造したとされているわけですが、この教えが正しいとすれば、イエスは「命の創始者・君主」ではなく、あくまで「被造物」であり、神の「代理」としての創造者ということになるからです。

しかし、その教えは、イエスを「命の君主・創始者」と証言したペテロの告白と矛盾します。そこで協会、教理を見直すのではなく、原文の意味を書き換える、という方法を選択した、ということになると思います。なお、行間逐語訳では、この箇所に、「Chief Leader」という語が正しく適用されていますので、協会側は、このギリシア語の正しい訳出が、「君主・創始者」であることを、明確に理解していることになります。

また、全く同じような書き換えは、新約聖書の中に、他にも三箇所見られます。これらの全ての聖句において、「創始者・君主」と訳されるべき箇所が、全て「主要な代理者」に変えられています。

「神はこの方を主要な代理者また救い主としてご自分の右に高めました。それは,イスラエルに悔い改めを,また罪の許しを与えるためです。」(使徒5:31)

「多くの子らを栄光に導くにあたり,彼らの救いの主要な代理者を苦しみを通して完全にすることは,すべてのものがそのためにあり,またすべてのものがそれによってある方にとってふさわしいことであったのです」(ヘブライ2:10)

「わたしたちの信仰の主要な代理者また完成者であるイエスを一心に見つめながら。この方は,自分の前に置かれた喜びのために,恥を物とも思わず苦しみの杭に耐え,神のみ座の右に座られたのです。」(ヘブライ 12:2)

キリストの御霊(ペテロ第一 1:11)

第一ペテロ1:11 キリストの霊

「彼らは,自分のうちにあるが,キリストに臨む苦しみとそれに続く栄光についてあらかじめ証しをしていた時,それがキリストに関して特にどの時期あるいはどんな[時節]を示しているかを絶えず調べました。」(新世界訳)

「彼らは、自分たちのうちにいますキリストの霊が、キリストの苦難とそれに続く栄光とを、あらかじめあかしした時、それは、いつの時、どんな場合をさしたのかを、調べたのである。」(口語訳)

「They kept on investigating what particular time or what season the spirit within them was indicating concerning Christ as it testified beforehand about the sufferings meant for Christ and about the glory that would follow.」(NWT|JW)

「searching what [time] or what manner of time the Spirit of Christ which was in them did point unto, when it testified beforehand the sufferings of Christ, and the glories that should follow them.」(ASV)

「Searching what, or what manner of time the Spirit of Christ which was in them did signify, when it testified beforehand the sufferings of Christ, and the glory that should follow.」(KJV)

原文では「自分の内にあるキリストの御霊」(the spirit of Christ in them)となっていますが、新世界訳聖書では「キリストの」が削除され、「自分の内にある霊」となってしまっています。原文にある語句―しかも救い主なるキリストのお名前が削除されており、他の色々な聖書を確認しても、ここで「キリスト」を削除しているのは、エホバの証人の新世界訳聖書だけです。なお、この問題は、改訂版においても変わらず継続しています。

そこで、この聖句における「キリスト」の削除には、三つの重大な問題点があります。

第一に、冒頭で確認した通り、啓示22章の警告によれば、聖書の文字を除き去る行為は重大な罪です。

第二に、この訳出は、意訳の聖書ではなく、「逐語訳」と称する聖書においてなされていることです。

第三に、新世界訳聖書において、「意訳」が認められる例外的ケースは、字義通りの訳出ではかえって意味がわかりづらくなる場合においてのみです。しかし、この箇所では、「キリスト」を削除したことにより、かえって、ペテロが、何の霊について語っているのかがわかりづらくなっています。

ですから、ここでの「キリスト」の削除は、どのような角度から検証しても、問題があるのではないでしょうか?

協会側が、「キリスト」を削除した理由はわかります。組織の教えでは、聖霊とはエホバの活動力ですが、ペテロがエホバの霊のことを「キリストの霊」、つまり「キリストの活動力」と完全に同一視したのであれば、ペテロが「エホバ=キリスト」と理解していたことになってしまうからです。

しかし、それでは組織の教えとは相容れないので、協会は組織の教えの見直しを検討するのではなく、聖書の改ざんを選択されたのではないでしょうか?

いづれにしても、イエス・キリストに関する表現を、このように書き換えてしまっている聖書を掲げて、「エホバの証人」と名乗って活動することは、私にはできません。それは、これまでのエホバの証人としての生き方を通し、健全な良心を培ってきたからです。

「主」を「エホバ」に置き換えたことについて

ギリシア語の写本について

既に確認してきた通り、たとえ「エホバのみ名」が含まれる新世界訳聖書を用いたとしても、紀元一世紀のクリスチャンたちが、救いのために中心的に呼び求めていたみ名が「エホバ」ではなく、「イエス」であったことは疑いようがありません。

ただ、この議論の文脈では、実際に一世紀のクリスチャンたちが、「イエス」だけでなく、「エホバ」のみ名も呼び求めていたのかどうかを、確認する必要があると考えました。

この点を理解する上で、最も重要な参考情報は、実際のギリシア語の原本に、「エホバ」が表記されていたのかどうか、という点になります。なぜなら、もしも紀元一世紀のクリスチャンたちが、実際に「エホバ」のみ名を用いていたのであれば、その何よりの証拠として、その形跡が、新約聖書中に見いだされるはずだからです。

しかし、現存する数千のギリシア語のどの写本においても、「エホバ」のみ名が含まれていないという事実は、ものみの塔協会でさえ認めています。そこで協会側は、「原本には存在したが、2~3世紀のクリスチャンが、『エホバ』を除く改ざんを行った」と説明しています。つまり、協会側は、「現存するギリシア語の写本の全てには、未だ『エホバのみ名の改ざん』という重大な問題が含まれている」と主張していることになります。

しかし私は、この説明に、大きな違和感を覚えました。協会が、クリスチャン・ギリシア語聖書の翻訳に用いた主なギリシア語の底本は、「ウェストコットとホートによる『ギリシャ語原語による新約聖書』(1881年初刊)ですが、この底本や、現代の聖書翻訳に用いられている代表的な底本は、多くの専門家たちによって、原典の内容を非常に正確に再現したものとして、と一致して結論づけられているからです。

その点は、出版物の中でも、フレデリック・ケニヨン卿の言葉が、次のように紹介されています。

「クリスチャン・ギリシャ語聖書に関して,フレデリック・ケニヨン卿は次のように述べました。『したがって,原文がまとめられた年代と現存する最初期の証拠の年代との隔たりは,事実上無視できるほど小さくなっており,聖書は実質的には書かれたとおりに我々のもとに伝わってきた,ということに対する疑いの最後の根拠は今や取り除かれた。新約聖書の各書の信ぴょう性も全体として元のままの形を保っている点も最終的に確証されたとみなすことができるであろう』」―『洞察二巻』10項

また、協会の出版物でも度々引用されている、新約聖書翻訳の権威、ブルース・M・メツガー博士も、ギリシア語写本が正確に書き写されてきたことについて、次のように述べていることがわかりました。

「写本がたくさん残されていること。新約聖書の原本と最古の写本との間に時間の隔たりがあまりないこと。この二点を見た場合、新約聖書は他の有名な古代文献と比べてどうなのでしょうか?」

大変優れております。ですから自信を持って、聖書の内容が正確に筆写されてきたと言うことができます。特に、他のどの古代文献と比べた場合、正確さは顕著になります。」―『ナザレのイエスは神の子か』(いのちのことば社)、102頁

また、同書の中で、メツガー博士は、写本同士の相違点によって、信仰面での真実性を揺るがせる教理はどのくらいあるのでしょうか」と問われた時に、次のように答えています。

そういう教理はまったく存じません

「一つも無いとおっしゃるのですか?」

一つもありません。」

・・・

「相違点についても、研究者たちが最新の注意を払いながら、もともとの意味にまでさかのぼって解決しようとしています。比較的重要な相違点も、それで教会の教理が覆されるというようなことはありません。」・・・

だから、ノーマン・ガイスラーとウィリアム・ニックスも、「つまり、新約聖書は他のどの古代文献よりも多くの写本が残っているだけでなく、その内容も99.5%が原本に限りなく近い形で残されている最も信憑性のある本である」と結論づけることができたのだ。」104~106頁

ですから、未だに「エホバのみ名の改ざん」という重大な問題が残っている可能性は、専門家たちから全く考慮されていないのです。実際に、もしも現存するどのギリシア語の写本にも見られない「神のみ名の改ざん」という問題が、未だにあるとすれば、それは「み名の改ざん」だけでなく、聖書の写本の信頼性そのものが大きく覆ることになりその結果、だれも「聖書は書かれた通りに正確に書き写されてきた」と主張することができなくなるのです。そして、それらのギリシア語のテキストに基づいて翻訳されている『新世界訳聖書』の信頼性もまた、共に覆ることになるのです。

ですから、「聖書は実質的には書かれたとおりに我々のもとに伝わってきた,ということに対する疑いの最後の根拠は今や取り除かれた。」というフレデリック・ケニヨン卿の言葉を引用しながら、一方で「2~3世紀のクリスチャンが、『エホバ』を除く改ざんを行った」と主張することは、事実上、不可能なはずです。

そして、私としては、全能の神が、必要なギリシア語の写本の多くが後世に残るよう導くことによって、原典の内容が正確に再現できるようにして下さった、と信じています。そして、出版物で引用されている多くのギリシア語の専門家たちも、同じような結論において一致しています。

ですから、協会が主張されている「2~3世紀のクリスチャンが、『エホバ』を除く改ざんを行った」という説明は、信じがたいものに思えます。

救いのために呼び求めるべき「主のみ名」について

「主」とは誰なのか

新世界訳聖書のクリスチャン・ギリシア語聖書(新約)において、「エホバ」と訳された箇所が、実際には、「主」と表記されていたのであれば、その「主」とは、誰のことを意味していたのか、という点を確認する必要があると感じました。

そして、一通りの鍵となる聖句を確認していくと、興味深いことがわかりました。

「ですから,イスラエルの全家は,神がこの方を,あなた方が杭につけたこのイエスを,主とも,キリストともされたことをはっきりと知ってください」(使徒2:36)

「わたしたちの父なる神と主イエス・キリストからの過分のご親切と平和があなた方にありますように。」(ローマ1:7)

「2 コリントにある神の会衆,キリスト・イエスと結ばれて神聖なものとされ,聖なる者となるために召されたあなた方,ならびに,いたるところでわたしたちの主イエス・キリスト,すなわちその主でありわたしたちの[主]である方の名を呼び求めているすべての人たちへ:」(コリント第一1:2)

「イエス・キリストの奴隷また使徒であるシモン・ペテロから,わたしたちの神と救い主イエス・キリストの義により,わたしたちと同じ特権としての信仰を得ている人々へ:2 過分のご親切と平和が,神およびわたしたちの主イエスについての正確な知識によってあなた方に増し加えられますように」(ペテロ第二1:1~2)

「神および主イエス・キリストの奴隷ヤコブから,各地に散っている十二部族へ:あいさつを送ります。」(ヤコブ1:1)

「その理由は,聖書によりずっと以前からこの裁きに定められていたある人々が忍び込み,[その]不敬虔な者たちが,わたしたちの神の過分のご親切をみだらな行ないの口実に変え,わたしたちの唯一の所有者また主であるイエス・キリストに不実な者となっているからです。」(ユダ5節)

新約聖書の各書の冒頭を確認していくと、父なる神に対しては、「父なる神、神」という表現が用いられ、キリストに対しては、一貫して、「主、救い主」という称号が与えられています。コリント第一の手紙では、全ての人のための主と呼ばれ、ユダの書簡においては、キリストは、「唯一の主」とまで言われています。

加えて重要な点として、新約聖書においては、父なる神に対しては、「主」という称号がほとんど用いられていないのです。

そうなると、ギリシア語の原典において、「主」と表記されているほとんどの箇所は、実際には、「父なる神」ではなく、「主イエス」を意味していることになります。

ですから、例えば、以下の聖句における「エホバ」は、原文では、「主」であり、その主とは文脈上、主イエスを意味していることになります。つまりパウロは、救いのために「主イエスの名を呼び求めなさい」と語ったことになります。

「ユダヤ人とギリシャ人の間に差別はないからです。すべての者の上に同じ主がおられ,この方はご自分を呼び求めるすべての者に対して豊かなのです。13 「エホバの名を呼び求める者はみな救われる」のです。」(ローマ10:12~13)

また、新世界訳聖書において、「エホバの言葉」と表記されている箇所も、実際には「主の言葉」であり、その意味は、「主イエスの言葉」である、ということになります。

「しかしエホバの言葉は盛んになり,広まっていった。」(使徒12:24)

「こうして,徹底的に証しをしてエホバの言葉を語ってから,彼らはエルサレムに引き返したが,サマリア人の多くの村に良いたよりを宣明していった。」(使徒8:25)

また、「エホバの霊」と表記されている箇所も、実際には「主の霊」であり、その意味は「主キリストの霊」である、ということになります。

「そこでペテロは彼女に[言った],「あなた方[二人]が示し合わせてエホバの霊を試すとはどうしたことですか。見よ,あなたの夫を葬った者たちの足が戸口にありますが,彼らはあなたを運び出すでしょう」(使徒5:9)

「彼らが水から上がって来ると,エホバの霊がフィリポを急いで連れ去り,宦官はもう彼を見なかったが,歓びながら自分の道を進んで行った。」(使徒8:39)

実際にペテロは、「神の霊」に対する別の表現として、「キリストの霊」という表現を用いています。(ペテロ第一1:11)しかし、協会側は、それを認めようとしないのか、「キリスト」という部分を削除してしまっています。

また、以下の聖句においては、主が「エホバ」に置き換えられていることによって、文章の意味がおかしくなっています。「死んだ者にも生きている者にも主となること,このためにキリストは死に」とある以上、8節に登場する「主」は、父なる神ではなく、「主イエス」のことでないと、文章の意味が繋がりません。

「8 わたしたちは,生きるならエホバに対して生き,死ぬならエホバに対して死ぬからです。それゆえ,生きるにしても死ぬにしても,わたしたちはエホバのものです。9 死んだ者にも生きている者にも主となること,このためにキリストは死に,そして生き返ったからです。」(ローマ14:8~9)

このように、「主」の意味を丁寧に確認していくと、新世界訳聖書は、本来「主イエス」を表す多くの箇所を、「主イエスではない」ものとしていることに気づいていきました。つまり、これは「パウロ」と書いてある箇所を、「ペテロ」と訳しているようなものであり、イエス・キリストの実体について、読者に大きな誤解を与える翻訳だと感じざるを得ません。

一世紀のクリスチャンは誰の名を呼び求めていたか

新世界訳聖書においては、ギリシア語聖書中で「主」と表記されている多くの箇所が、「エホバ」に置き換えられています。これによって、協会側は、紀元一世紀のクリスチャンが、「エホバの名」を呼び求めていた、ということを示そうとされています。

しかし、この度、心を開いて、聖書を読み直していくと、紀元一世紀のクリスチャンたちが中心的に呼び求めていたのは、常に「主イエスのみ名」であった、ということが、非常にはっきりとわかりました。

しかし、私がエホバの証人として交わってきた兄弟姉妹の中で、「イエス」を呼び求めている人に出会ったことはありません。また、出版物の中で、救いのために「イエス・キリスト」を呼び求めなさい、とちゃんと教えられた記憶はございません。なぜなら、全てのエホバの証人は、救いのために「エホバののみ名」を呼び求める人こそが、真のクリスチャンだと教えられているからです。

以下に、一世紀のクリスチャンが、実際に誰の名を呼び求めていたのか、その根拠となる聖句をリストアップしていきます。

「しかし,聖霊があなた方の上に到来するときにあなた方は力を受け,エルサレムでも,ユダヤとサマリアの全土でも,また地の最も遠い所にまで,わたしの証人となるでしょう」(使徒 1:8)

「この方こそ,『あなた方建築者たちにより取るに足りないものとして扱われたのに隅の頭となった石』です。12 さらに,ほかのだれにも救いはありません。人々の間に与えられ,わたしたちがそれによって救いを得るべき名は,天の下にほかにないからです」(使徒4:11-12)

「しかしアナニアは答えた,『主よ,わたしは多くの人からこの男について聞いております。エルサレムにいるあなたの聖なる者たちに対し,害となる事をどれほど多く行なったかということを。14 そしてここでは,あなたのみ名を呼び求める者を皆なわめにかけようとして,祭司長たちから権限を受けているのです』。しかし主は彼に言われた,『行きなさい。わたしにとってこの者は,わたしの名を諸国民に,また王たちやイスラエルの子らに携えて行くための選びの器だからです。16 彼がわたしの名のためにいかに多くの苦しみを受けねばならないかを,わたしは彼にはっきり示すのです。』」(使徒9:15-16)

「その『あなたの口の中にある言葉』,つまり,イエスは主であるということを公に宣言し,神は彼を死人の中からよみがえらせたと心の中で信仰を働かせるなら,あなたは救われるのです。」(ローマ10:9)

「まさにこのゆえにも,神は彼をさらに上の地位に高め,[他の]あらゆる名に勝る名を進んでお与えになったのです。10 それは,天にあるもの,地にあるもの,地の下にあるもののすべてのひざがイエスの名によってかがみ,11 すべての舌が,イエス・キリストは主であると公に認めて,父なる神に栄光を帰するためでした。」(ピリピ1:9~10)

「2 コリントにある神の会衆,キリスト・イエスと結ばれて神聖なものとされ,聖なる者となるために召されたあなた方,ならびに,いたるところでわたしたちの主イエス・キリスト,すなわちその主でありわたしたちの[主]である方の名を呼び求めているすべての人たちへ:」(コリント第一1:2)

彼らは、至るところで、エホバの名ではなく、「イエスの名」を呼び求めており、「イエスの名」によって救われる、と考えており、「イエスの名」によって知られている民でした。これは、終始「エホバのみ名」だけに注目し、そのみ名だけを呼び求め、「エホバ」の民として知られる今日のエホバの証人とは異なっています。

事実、「主」を「エホバ」に置き換えた新世界訳聖書を用いたとしても、紀元一世紀のクリスチャンたちが、「エホバの名」を呼び求めている民として知られていたことを示す聖句を、一つも見出すことができないのです。

また、イエスは「エホバの証人となりなさい」とは言わず、「わたし(イエス)の証人となりなさい」と命令しています。

パウロが宣教する時、彼は「イエスの名」を異邦人に広めることを重視しており、「イエスの名」によって苦しむことを喜びとしていました。実際に、彼を任命したイエス自身、「エホバの名」を諸国民に広めなさいとは言わず、「わたしの名」を広めなさいと命令しました。

また重要な点として、パウロは、新約時代のクリスチャンが救われる条件として、「イエスは主である」と公に宣言する、という条件を加えています。しかし、私はこれまでに、エホバの証人の誰一人として、「イエスは主である!」と公に宣言しているのを聞いたことがありません。バプテスマにおける質問の中にも、「イエスは主である、と認めますか」という質問はありません。

仮に、新世界訳聖書の訳出の通り、一世紀のクリスチャンも「エホバ」の名を呼び求めていたとしても、彼らが当時、「イエスの名」と「エホバの名」のどちらをより重視して広めていたかと考えると、やはり「主イエスの名」という結論に行き着くのです。

実際に、新世界訳聖書の新約部分を確認すると、「イエス」という名が用いられる回数が、500回以上であるにも関わらず、「エホバ」は、その半分以下の237回となっているのです。

主イエスの名を呼び求めるようになってから

イエス・キリストの役割について、聖書から新たな光が与えられ、これからは、「イエスは主である!」という告白を大切にし、イエスの名を、救いのために呼び求めていきたいと思いました。そして、イエス・キリストを証する証人として、神に仕えていきたいと思いました。

すると、私の中には、イエス・キリストへの信仰によって、彼から生まれた神の子供としての確信が与えられました。行いではなく、ただ神の過分のご親切と信仰によって、それは与えられたのです。

「まさにこの過分のご親切のもとに,あなた方は信仰によって救われているのです。そして,これはあなた方によるのではなく,神の賜物なのです。9 そうです,それは業によるのではありません。だれも誇ることのないためです。」(エペソ2:8)

私は今、「アバ、父よ!」と心から天の父に語りかけることができます。また、主イエスを、主の中の主、唯一の主、救い主なる君として、心から「主イエスよ、私をお救いください 」と語りかけることができるようになりました。そして、この告白が、聖霊によるものであることを、神ご自身が、その聖書の言葉によって、証明して下さっています。(啓示17:14、ユダ4節、)

「それで,あなた方に知らせておきたいと思うのは,神の霊によって話しているなら,だれも,「イエスはのろわれている!」とは言わず,聖霊によるのでなければ,だれも,「イエスは主である!」とは言えない,という点です。」(第一コリント12:3)

 

主イエスは、救いの「主要な代理者」などではなく、「救いの君」でした。彼自身が、私達を救う中心人物だったのです。私は、かつてはイエスについて、大変大きな誤解をしている者でしたが、今では、神の導きによって、主イエスと結ばれており、主をもっと近くに感じるようになりました。ローマ8:14に、「神の霊に導かれる者はみな神の子であるからです。」と書かれている通りです。

私は、使徒ヨハネが、「しかし,彼を迎えた者,そうした者たちすべてに対しては,神の子供となる権限を与えたのである。その者たちが,彼の名に信仰を働かせていたからである。」と書いた時代、クリスチャンの人数はどれくらいだったのかを調べてみました。図書館に行って『世界キリスト教百科事典』を確認してみると、その辞典<世界統計表8>には、当時のクリスチャンが100万人であったと書いてありました。多少、この数字に誇張があったとしても、既に一世紀末の時点で、144000人は軽くオーバーしていた、という統計があることを初めて知りました。

また、使徒たちから直接教えを受けた、1~2世紀の教会教父たちの文献も読んでみました。すると、彼らは、使徒たちから教わっていた神の子供に関する教え、つまりイエスを信じる全ての者に天的な約束が与えられる、という教えを、聖書に書いてある通りに継承していたことがわかってきました。私は、ヨハネもパウロも、天に行く人数が144000人だけという教理を、少しも彼らの弟子たちに教えていなかったことがわかりました。ただ彼らは、イエスを信じるものは誰でも神の子供となると、彼らの弟子たちにも教え続けていたのです。

終わりに

一連の疑問点をお読みくださり心から感謝します。私としては、今後も、神に対する信仰を捨てず、イエス・キリストの証人として、神のご意志を行っていきたいと心から願っています。しかし、一方で、これまでに挙げてきた一連の問題により、ものみの塔協会に対する私の信頼は、著しく損なわれています。

それで、今回の手紙において明らかにした一連の事実に対して、エホバの基準に適った適切な反論が見いだされるかどうかを、ご検討くだされば幸いです。もしも、見いだされない場合、それは、神の名を負う民として、決定的な問題となるはずです。

協会が、終わりの日に関してよく引用する聖句に、次のようなものがあります。

「3 しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい。」(テモテ第二3:1~5)

私が今回の手紙において取り上げた問題が事実であれば、それは、歴代の会長たちや、統治体の兄弟たちが、神に対して、そして世界中の信者に対して、「忠節でない者・裏切る者・善良さを愛さない者・敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者」であることになります。

そして、神の言葉は、使徒パウロを通して、「こうした人々からは離れなさい」と警告しています。ですから、エホバの義の基準に適った適切な反論が見いだされない場合、私は生ける神の命令にしたがって、この組織を離れなければなりません。もっともそれは、私だけでなく、エホバを最高の主権者として信じる全ての信者にとってもそうであるはずです。なぜなら私たちは、他のどんな命令よりも、神の命令だけに従うべきだからです。

「19 しかし,それに答えてペテロとヨハネは彼らに言った,「神よりもあなた方に聴き従うほうが,神から見て義にかなったことなのかどうか,あなた方自身で判断してください。」(使徒4:19~20)

 

そして、この手紙の内容が、協会や長老兄弟たちから、どのように評価されるとしても、今、イエス・キリストの内にあって私が得ている神との平和が奪われることは無いと確信しています。私は、どのような人間の教えによってでもなく、どんな人間的な権威によってでもなく、ただ神の言葉と、聖霊の働きを通し、キリスト・イエスに対する信仰によって、神の子供とされているからです。私は、心から「アバ、父よ!」と、天の父に語りかけることができるからです。

神ご自身が、キリストの復活以降のこの時代において、「イエス・キリストは主である!」と告白する者が、永遠の命を持つようにされました。ですから私は、今後も、主イエスの名を呼び求め続けます。心から、「イエスは主です!主イエスよ、私をお救いください!」と、今後も主に語りかけ続けます。

 

長文であるにも関わらず、最後までお読みくださりありがとうございました。この手紙を読み、本件を検討される兄弟たちの上に、神の導きがありますように。

 

 

 

 


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