教会へ行く:どんな教会が良いのか?教会選びの重要な基準をご紹介|キリストの証人となる⑤

教会へ行くことは重要

エホバの証人としてある程度の信仰生活を送ってきた方でしたら、集会へ行くこと、兄弟姉妹たちとの交わりを持つことの重要性についてきっと理解されていると思います。聖書の中にも、「集まりやめたりせず」とあり、集まって励まし合うことの大切さが教えられています。

「ある人たちの習慣に倣って自分たちの集まりをやめたりせず、むしろ励まし合いましょう。その日が近づいていることが分かっているのですから、ますます励もうではありませんか。」(ヘブル10:25)

残念ながら、元エホバの証人だけでなく、様々な理由から孤立した信仰生活を送っている人はかなりの数に上ります。しかし、クリスチャンは、孤立した信仰生活を送るよう召されてはいません。実際、神を信じる人々は、実にアダムの時代から、同じ信仰を持つ人々と共にいつも歩んできました。また、天には孤立している天使は存在しません。同じように、本来は地上にも孤立しているクリスチャンがいるべきではありません。一人でも、神を信じ続けることはできるかもしれません。しかし一人では、十分に成長することも、十分に神の御心を行うこともできません。

ですから、キリストの証人として新たな歩みを始める元エホバの証人には、是非とも通える教会を探すようお勧めします。あるいは、共に歩むクリスチャンの仲間を見つけることができるよう、色々な集まりに参加してみることをお勧めします。

私の場合は色々な教会を見てみたかったので、教会の門を叩き始めてからは、これまでに数十の教会に足を運んでみました。最終的には、数年前から通っている横浜の教会に落ち着いていますが、それまでのシーズンの中で、色々な教会を経てきた経験や出会いは今でも役に立っています。

どんな教会が良いか。聖書を神の言葉と信じる教会

ここでは、教会を選ぶ際の最低限の重要な基準をご紹介します。第一の最も重要な基準は、「聖書全体を神の言葉と信じる教会」です。

「聖書はすべて神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練のために有益です。」(第二テモテ3:16)

現代の教会の中には、自由主義神学の影響により、聖書全体を神の言葉と信じない教会が多く存在します。自由主義神学とは、聖書全体を神の言葉とは信じない神学であり、創世記の記録を神話と見做したり、多くの奇跡を史実とは認めなかったりします。実はエホバの証人から出てくる際に、私の信仰に最も大きなダメージを与えたのは、ものみの塔の教えではなく、この自由主義神学でした。この神学の影響を受けると、信仰は骨抜きにされ、聖書をどこまで信じていいのかわからなくなり、聖霊も働き辛くなります。

しかし聖書を読むと、イエスや弟子たちは、確かに聖書全体を神の言葉と信じていたことがわかります。実際、聖書全体の教えは、その全てが神の霊感によって記されたことを土台としているのです。ですから、イエスの弟子として健全な信仰生活を送り、霊的な成長を目指していくためには、聖書を信じる教会へ通うことが必要です。教会選びの際は、ぜひこの基準をベースとして選ぶことをお勧め致します。

「まことに、あなたがたに言います。天地が消え去るまで、律法の一点一画も決して消え去ることはありません。すべてが実現します。」(マタイの福音書 5:18)

参考記事:聖書を信仰の土台とする(1)聖書の権威と信頼性

どんな教会が良いか。異端ではない教会

異端とは、正統的な聖書の教えから明らかに逸脱した教えを信じるグループのことです。異端の最大の特徴を聖書から三つ挙げるとすれば、「別のイエス、異なる霊、異なる福音」だと言えるでしょう。

「実際、だれかが来て、私たちが宣べ伝えなかった別のイエスを宣べ伝えたり、あるいは、あなたがたが受けたことのない異なる霊や、受け入れたことのない異なる福音を受けたりしても、あなたがたはよく我慢しています。」(コリント人への手紙 第二 11:4)

日本のキリスト教系三大異端は、統一教会、モルモン教、エホバの証人、であり、他にも、新天地イエス教証拠幕屋聖殿(通称:新天地)、キリスト教福音宣教会(通称:摂理)、救援派(クウォンパ)系列、他にも様々な異端があります。

これら多くの異端の特徴は、聖書以外に、同等の(あるいはそれに近い)権威を持つ正典・教えが存在することです。統一教会では「原理講論」、モルモン教では「モルモン書」、エホバの証人では「ものみの塔誌」です。重要な点ですが、聖書と同等に近い権威を持つ正典や教えができると、実際には聖書よりも正典の方を信じるようになってしまうのです。

例えば、一世紀のパリサイ派においては、彼らの教えの口伝律法が、旧約聖書と同等の権威を持ってしまい、それによって本来の神の教えが無効にされてしまいました。(マタイ15:6)ですから、そのような過剰な権威を持つ教えのある教会には注意して下さい。

参考動画:異端とは何か?滅びをもたらすキリスト教系異端を見分けて退ける

その他、教えベースで異端かどうかを見分けるなら、本シリーズですでに学んだ「キリストの証人としての五つの重要な信仰」が役立ちます。エホバの証人だけでなく、異端的・カルト的な信仰を持つ教会の多くは、以下の基準のどれかに引っかかる可能性が高いです。

  1. 救いは組織によってではなく、ただイエスを信じる信仰によって与えられる
  2. 救いは行いによってではなく、恵みにより、福音を信じる信仰によって与えられる
  3. 新しい契約は、十四万四千人だけのものではなく、信じる全ての人のためにある
  4. イエスの名を呼び求め、イエスの証人となる
  5. イエス・キリストをミカエルではなく、主なる神と信じる

どんな教会が良いか。カルトではない教会

異端とカルトは、定義が異なります。カルトとは、その集団の社会性、権威構造に関係しており、重要な特徴は指導者の権威が強く、その権威に基づく支配・コントロール、抑圧があることです。以下は、日本脱カルト協会によるカルトの定義です。

「カルトは人権侵害の組織です。組織に依存させて活動させるために、個人の自由を極端に制限します。つまり、全体主義的集団です。そして、①各メンバーの私生活を剥奪して、②集団活動に埋没させる。そして、③メンバーからの批判はもちろんのこと外部からの批判も封鎖し、④組織やリーダーへの絶対服従を強いるといった特徴がみられますが、これらの特徴は表面的には隠されていますので、集団の外部から見ても区別がつかないことがふつうです。カルトは、こうした人権侵害の正体を隠すためにマインド・コントロールを用いることが多いです。」―日本脱カルト協会

残念ながら教会の中には、牧師やリーダーの権威が高くなり過ぎて、カルト的な傾向を帯びてしまっている教会が時々あります。ある教会がカルト的傾向を持っているかどうかは、見た目では中々判断し辛いものですが、もしも指導者の権威が過度に高められていたり、排他的な傾向を感じたりした場合は、その教会を離れることが懸命かもしれません。

参考までに、以下にカルト的な要素を判断するための大まかなチェック項目をリストアップさせていただきます。

  1. 教会やグループの指導的な立場の人の権威が、聖書と同等・それに近いものとして扱われていないか?
  2. 指導者の言葉や指示に絶対的に従うことが求められていないか?
  3. 教会やグループに対する批判的な情報に触れないよう情報のコントロールがなされていないか?
  4. 他教会へ行くことや、他の教会のクリスチャンと交わることを禁止・あるいは制限されていないか?
  5. 教会のリーダーや奉仕者たちが、奉仕で忙しくなり過ぎて疲れていないか?

なお、エホバの証人は立派なカルトです。統治体の霊的権威があまりにも高く、内部の信者が外部の批判的な情報に触れないよう、情報のコントロール、排斥された人々との交流の遮断があります。カルトについてや、エホバの証人のカルト性については、当サイトの記事「エホバの証人のカルト性」を合わせてご参照下さい。

JW支援教会

当サイトでは、「JW支援教会」のリストを作成しています。「支援教会」の定義とは、エホバの証人関連の問題にある程度の理解があり、相談を受け付けることが可能な教会(または個人)であることを意味します。

過去にも、当サイトのコンテンツを通して目覚めた方の中に、支援教会のリストから教会を探し、素晴らしい教会に巡り会えた兄弟がいました。もしもリストの中にお近くの教会があれば、是非一度足を運んでみて下さい。

教会に対する偏見を取り除く

その他、エホバの証人は、組織から刷り込まれてきた「教会に対する様々な偏見」を取り除く必要があります。「十字架の使用」や「クリスマス」のお祝いはその最たるものだと言えるでしょう。これらの点については、「目ざめたエホバの証人へのアドバイス⑤|教会に対する偏見を取り除く」にて説明しているので、是非合わせてお読みになってみて下さい。

最後に、本シリーズの「地獄」「臨死体験」のテーマで取り上げたハワード・ストーム氏の著書から、教会選びについての大切な証言を紹介します。臨死体験の中で、ハワード氏がイエスに「どんな教会が良い教会ですか?」と質問するのですが、それに対するイエスの回答は次のようなものだったそうです。

どの教派が一番良いですか?イエスや天使たちの回答

最後に、本シリーズの「地獄」「臨死体験」のテーマで取り上げたハワード・ストーム氏の著書から、教会選びについての大切な証言を紹介します。臨死体験の中で、ハワード氏がイエスに「どの教派が一番良いですか?」と質問するのですが、それに対するイエスの回答は次のようなものだったそうです。

「私が期待していた答えは、メソジスト派とか長老派とか、カトリックかとか、またその他の教派だと思っていた。ところが、『あなたを最も神に近づける教派が一番良い教派なのだ』と彼らは答えた。」(『臨死』p.112)

具体的な教派名に言及することを避けつつ、教会選びの本質を悟らせてくれる素晴らしい回答だと思いませんか?ぜひ、教会を選ぶ際は、この点を覚えて神に祈り求めてみて下さい。

※実はハワード氏はこの回答でも食い下がらず、再度どの教派なのかと質問します。最後に、その二度目の質問に対するイエス・天使たちの回答を紹介し、この記事を閉じたいと思います。

質問:でもそれはどの教派なのですか?

「悪い教派と言われる中にも良い人たちはいるし、良い教派と言われる中にも悪い人たちはいる。だから教派は重要ではなく、それぞれ個人が、与えられた教派で何をするかということが重要なのであり、教派は、あなたを目的地へ運ぶ車両に過ぎない。

教派の目的は、あなたが神と個人的な関係を持つことを助けるためにある。私たちの存在全てで神を愛し、真理を知って欲しいと神は願っておられる。もし私たちが、神を親しい愛の関係の中で見るならば、私たちは正しい方向へ向かっている。あまりに多くの人が、利己的で自分たちが存続するためや、人々の生活を支配するために教派を利用していると考えている。教派は神を見出すための手段に過ぎず、それ自体が目的地ではない。

本物の教派は全ての言葉、思想、行為において、神の愛と喜びに満ちている。神は全ての人を愛しており、神を霊と真によって求める教派を喜んでおられる。

神は人々に分裂を起こさせ、暴力を正当化し、自己義で高慢になることを忌み嫌う。神はどんな教派よりもはるかに大きく、人々をご自身へ引き寄せるために、キリストの霊はあらゆる時代のあらゆる人々に話しかけるのだ。」(『臨死』p.112)

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