三位一体③ 神の一体性と複数性について


三位一体は聖書の教えですか?―キリストの神性と聖霊の人格性について

本記事では、三つの位格(人格的主体のこと)を持つ一人の神、という三位一体の神秘的な概念をどのように捉え、理解することができるのかを説明していきます。そして、その鍵となるのは「聖書がはじめから、神の単一性と複数性の両方を、一貫して啓示してきた」という点にあります。

聖書が教える「唯一の神」の概念に対するエホバの証人の誤解を解く、重要な内容となりますので、このテーマに関心のある方は、ぜひ一読していただければ幸いです。

※三位一体については、以下の記事も合わせてお勧めいたします。
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三位一体は聖書の教えですか① キリストの神性・聖霊の人格性・一体性について
三位一体は聖書の教えですか② イエス・キリストの神性について
イエスはどのような意味で「主」ですか?
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唯一の神 複合的な単一性

聖書は明白に、神は「ひとり」であると証言しています。そのため、エホバの証人をはじめ、三位一体論を否定する多くの人々は、神の単一性を引き合いに出し、その複数性を否定します。しかし、実はこれには大きな誤解があるのです。

例えば、ユダヤ教のラビが、神の位格の複数性を否定する際によく用いるのが、「シェマ」と呼ばれる次の聖句ですが、ユダヤ人の代表的な信仰告白として大変有名な箇所です。(ユダヤ教も、三位一体を否定します)

「イスラエルよ,聴きなさい。わたしたちの神(エロヒム)エホバはただひとり(エハッド)のエホバである。」(申命記6:4)

ヘブル語では、「一つ」を表す際、絶対的な単数を強調する時に用いる「ヤヒード」と、複合的な単一性(複数のものが一つになること)を示唆する「エハッド」が使い分けられます*[1]。そして、ここで「ひとり」と訳されている箇所は、「エハッド」の方が用いられているのです。参考までに、「エハッド」が用いられている他の旧約聖書の聖句を紹介します。

「それゆえに,男はその父と母を離れて自分の妻に堅く付き,ふたりは一体(エハッド)となるのである」(創世記2:24)

「そして,あなたのためにそれらを互いに近寄らせて一本(エハッド)の棒とせよ。それらはあなたの手の中で実際にただ一つ(エハッド)となる。」(エゼキエル 37:17)

もしも、唯一の神が、絶対的な単一性を有するなら、聖書はここで「ヤヒード」を用いても良いはずです。したがって、旧約聖書の時代から、唯一の神の単一性は複合的なものである可能性が示唆されていたのです。

また聖書では、神以外の存在においても、複数の人格的存在が一人と見做される例が複数あります。例えば、上記の聖句でも取り上げたように、結婚する男女は、神の目からは二人ではなく、「一人」と見做されます。(創世記2:24)

また、全てのクリスチャンは、キリストにあって「一人の人」となっていることが、以下の聖句で示されています。

「あなた方は皆キリスト・イエスと結ばれて一人の[人]となっているからです。」(ガラテア 3:28)

このような点を考慮すれば、神の単一性が、複数の人格を想定した複合的なものであるとしても、聖書的には矛盾とはならないことがわかります。

唯一の神 位格の複数性

複数名詞「エロヒム」

旧約聖書において、神を意味する単語として最も多く用いられるのが「エロヒム」というヘブル語の名詞であり、この語は単数形ではなく、複数形となっています。単数形の神を表す場合は、「エロア」という言葉もありますが、真の神を意味する場合は、「エロア」が250回であるのに比べ、「エロヒム」は2500回となっており、圧倒的に複数形が多く用いられています。

「初めに神(エロヒム)は天と地を創造された。」(創世記 1:1)

「わたしはあなたの神(エロヒム)エホバ,あなたをエジプトの地から,奴隷の家から携え出した者である。3 あなたはわたしの顔に逆らって他のいかなるものをも神(エロヒム)としてはならない。」(出エジプト20:3)

「わたしはあなたに命じなかっただろうか。勇気を出し,強くありなさい。うろたえたり,おびえたりしてはいけない。あなたがどこに行こうとも,あなたの神(エロヒム)エホバが共にいるからである」(ヨシュア1:9)※偶像神に対して用いられる例

これらの点は、神の位格の複数性を示唆するものとして、十分に考慮に値する事実だと言えるでしょう。

複数形の形容詞

他にも、複数形の形容詞が、神に対して用いられている例が多くあります。

「その時ヨシュアは民に言った,「あなた方はエホバに仕えることはできないでしょう。この方は聖なる神,全き専心を要求される神なのです。あなた方の反抗と罪を容赦されません。」(ヨシュア24:19)

ここで「聖なる」と訳されるヘブル語は、単数形ではなく、複数形です。したがって、文字通りに訳すと「聖なる神々」となります。

「イスラエルはその偉大な造り主にあって歓べ。シオンの子ら ― 彼らはその王にあって喜べ。」(詩篇149:2)

「造り主」と訳されるヘブル語は、複数形になっています。つまり、文字通りに訳すと「造り主たち」となります。

「それで,あなたの若い成年の日にあなたの偉大な創造者を覚えよ。災いの日々がやって来る前に,「自分はそれに何の喜びもない」と言う年が到来する[前に]。」(伝道の書12:1)

「創造者」と訳されるヘブル語は、複数形になっています。文字通りに訳すと「創造者たち」となります。

「あなたの偉大な造り主はあなたの夫たる所有者,その名は万軍のエホバである。イスラエルの聖なる方はあなたを買い戻す方。その方は全地の神と呼ばれるであろう。」(イザヤ54:5)

「造り主」「夫」と訳されるヘブル語は、複数形になっています。文字通りに訳すと、「偉大な造り主たちは、あなたの夫たち」となります。

このように、唯一の神の複数性と、複合的な単一性とは、旧約聖書全体を通して、一貫して示されていることがわかります。

父・子・聖霊の同質性

三位一体を構成する、父・子・聖霊なる神は、神としての同質性を持っていることが聖書全体で言及されています。

一つの御名

「それゆえ,行って,すべての国の人々を弟子とし,父と子と聖霊との名(the name)において彼らにバプテスマを施し,」(マタイ28:19)

ここで「名」と訳されるギリシア語は「オノマ」ですが、原文では複数形ではなく単数形となっています。つまりこの聖句は、それぞれの異なる御名についてではなく、父・子・聖霊の三者が持つ「一つの御名」について述べているのです。ユダヤ的文脈においては、「名」とは当人の本質や性質を表します。したがって、父・子・聖霊が一つの御名を共有しているという事実は、三者が同じ本質・性質を共有していることを示しているのです。

永遠性

「今や明らかにされ,しかも,信仰による従順を推し進めるため,永遠の神の命令のもとに,」(ローマ16:26)

「そして彼の名は,“くすしい助言者”,“力ある神”,“とこしえの父”,“平和の君”と呼ばれるであろう」(イザヤ9:6)

「まして,永遠の霊により,きずのないすがたで自分を神にささげたキリストの血は,・・生ける神に神聖な奉仕をささげられるようにしてくださるのではないでしょうか。」(ヘブライ9:14)

父・子・聖霊は、共に「永遠」という神の特質を有しています。「永遠」とは、時間を超越した概念であり、創造主以外の被造物に対して、この称号を適用することは不可能です。(他にも、全知・全能、などの特質を挙げることができます*[2]

「愛さない者は神を知るようになっていません。神は愛だからです。」(ヨハネ第一4:8)

「友のために自分の魂をなげうつこと,これより大きな愛を持つ者はいません。」(ヨハネ15:13)

「一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,」(ガラテア5:22)

父・子・聖霊は、永遠の昔から愛を体現しているお方ですが、「愛」とは本質的に、愛する対象となる他者を必要とします。ですから、もしも神が三位一体ではなく、単一の人格的存在であれば、最初の天使を創造する前は、愛する対象が不足していたことになってしまいます。しかし、神には三つの人格があり、永遠の昔から愛の交わりによって一つに結びついていた、と考えるなら、愛のご性質と調和することになります。

三位一体となって働かれる神

聖書には、父・子・聖霊なる神が、三位一体となって働かれている様子が、随所に描かれています。

天地創造

「さて,地は形がなく,荒漠としていて,闇が水の深みの表にあった。そして,神の活動する力が水の表を行きめぐっていた。3 それから神は言われた,「光が生じるように」。すると光があるようになった。」(創世記1:2~3)

ここでは、父なる神が、言葉であるイエスと聖霊によって、天地創造の業を行っています。つまり、創造の業は、父・子・聖霊による共同作業であることがわかります。そしてこの点は、詩篇149:2において、神が偉大な「造り主たち」と表現されていることと一致します。

また、以下のイザヤ書の聖句では、天地創造は、エホバ神が「独り」で行われたことが示されています。

「あなたを買い戻す方,あなたを腹[の時]から形造った方,エホバはこのように言われた。「わたし,エホバは,すべてのことを行ない,独りで天を張り伸ばし,地を張り広げている。だれがわたしと共にいたか。」(イザヤ44:24)

しかし、既に確認した通り、天地創造は、父なる神が単独で行われたのでなく、むしろその実行者がキリストであったことは、次の聖句からも明らかです。

「すべてのものは彼を通して存在するようになり,彼を離れて存在するようになったものは一つもない。」(ヨハネ1:3)

「主よ,あなたは初めにこの地の基を据えられました。天はあなたのみ手の業です。」(ヘブライ1:10)

ですから、一連の聖句を考慮するならば、キリストはエホバ以外の天使のような存在ではなく、エホバご自身であることがわかります。天地創造において、一体となって働かれた父・子・聖霊なる神は、共に「エホバ」という神名を共有する存在となっているのです。

キリストのバプテスマ

「バプテスマを受けたのち,イエスはすぐに水から上がられた。すると,見よ,天が開け,[イエス]は,神の霊がはとのように下って自分の上に来るのをご覧になった。17 見よ,さらに天からの声があって,こう言った。「これはわたしの子,[わたしの]愛する者である。この者をわたしは是認した」(マタイ3:16~17)

有名なイエスのバプテスマの場面ですが、父・子・聖霊が、それぞれの役割において、調和して働いていることがわかります。もしも私たちが、「唯一の神」に対して、絶対的な単一性を想定しているのであれば、この聖句から、「イエス=神」という図式はあり得ないことになります。

しかし、既に見てきた通り、聖書が神の単一性だけでなく、複数性をも一貫して啓示していることが理解できれば、むしろこの場面は、三位一体を示す聖句として、とても重要なものであることが理解できると思います。

クリスチャンを新生させる

「神から生まれた者はだれも罪を行ないつづけません。・・・そしてその人は罪を習わしにすることができません。神から生まれているからです。」(ヨハネ第一3:9)

「彼が義なる方であることを知れば,あなた方は,すべて義を実践する者が彼から生まれていることを知るのです。」(ヨハネ第一2:29)

「イエスは答えられた,『きわめて真実にあなたに言いますが,水と霊から生まれなければ,だれも神の王国に入ることはできないのです。』」(ヨハネ3:5)

これらの聖句は、クリスチャンが「神から」「子から」「聖霊から」生まれることを示しています。このような一体性のある働きは、父・子・聖霊が同じ本質を共有していなければ不可能だと言えるでしょう。

祝祷

「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがたすべてとともにありますように。」(コリント第二13:13、新改訳)

この聖句は、キリスト教で祝祷によく用いられる箇所ですが、新世界訳は訳出が良くないので、新改訳を引用しました。三位一体の神の祝福を求める祝祷であり、父・子・聖霊の一体性を表現しています。

結論

最後に、聖書の神の一体性と複数性について論じてきた内容をまとめます。

まず、旧約聖書において、神に対して用いられている表現を吟味すると、神の複合的な単一性と、位格の複数性とが一貫して示唆されていることがわかります。つまり、聖書の神に対し、絶対的な単一性を想定すること自体が、そもそも間違っているのです。

また、父・子・聖霊の同質性は、聖書全体を通して、―つの御名や、永遠性、愛などの特質によって、明瞭に啓示されています。加えて、三者が一体となって働く姿は、天地創造や人類の救済において、特に顕著に現れています。

聖書の神の一体性について、以上の点を考慮していくと、三位一体という神概念は、ものみの塔が主張するような「理解不可能」なものではなく、むしろ我々人間にもある程度「理解可能」なものであることが見えてきます。ただし、無限の神の実体が、私たちの理解を遥かに越えた神秘的なものであることに変わりはありません。聖書に書かれた神の真理は、あくまで人間の言語と知性の制約下で示されたものだからです。

「エホバは大いなる方,大いに賛美されるべき方。その偉大さは探りがたい。」(詩篇145:3)

「ああ,神の富と知恵と知識の深さよ。その裁きは何と探りがたく,その道は[何と]たどりがたいものなのでしょう。」(ローマ8:33)

しかし、私たちが聖書全体の啓示を心を開いて捉える時、唯一の神が三位一体であり、私たちの救いを完成させるため、日々一体となって働いておられることを、確かに知ることができるのです。

 

なお、エホバの証人側の反論や、三位一体に関するより詳しい解説については、以下の二冊をお勧めいたします。

・ウィリアム・ウッド「エホバの証人の反三位一体論に答える」(いのちのことば社)
・アーノルド・フルクテンバウム(2016)『メシア的キリスト論』(ハーベスト・タイム)

脚注

[1] 「エハッド」が用いられる場合、単純な単一性を示す場合と、複合的な単一性を示す場合の両方があります。

[2] 三位一体の神の同質性などに関するより詳しい解説は、ウィリアム・ウッド『エホバの証人の反三位一体論に答える』、ハーベストタイム『三位一体とは何か』(CD)、『エホバの証人への福音』(ウェブサイト)等をご覧下さい。


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