輸血拒否は聖書の教えですか?④ イエスが直接語った「輸血による命の救い」と「イエスの血による霊的命の救い」
サンダー・シング(1889-1929)というインドの伝道者の著作から、輸血について、彼がイエス・キリストから語られたとされる記録の一部をご紹介します。(サンダー・シングは、南アジアの地域のクリスチャンの間ではよく知られている著名な神の人)で、「20世紀で最もキリストに似た人物」とも呼ばれるほど、キリストと同じように生きた人でした。
彼はしばしば、開かれた天の幻の中で、主イエスや天使たちとの直接的な交わりを体験しており、その中で見聞きしたことを、彼の著書の中で詳細に記録しています。日本語訳されているものですと、本のタイトルは『聖なる導きインド永遠の書』が主なものです。(タイトルは怪しいですが、中身はとても素晴らしいです)
以下に紹介する内容はあくまで聖書ではありませんので、信じるかどうかの判断は読者の方に委ねます。

彼はしばしば、開かれた天の幻の中で、主イエスや天使たちとの直接的な交わりを体験しており、その中で見聞きしたことを、彼の著書の中で詳細に記録しています。日本語訳されているものですと、本のタイトルは『聖なる導きインド永遠の書』が主なものです。(タイトルは怪しいですが、中身はとても素晴らしいです)
以下に紹介する内容はあくまで聖書ではありませんので、信じるかどうかの判断は読者の方に委ねます。
「三、ある若者が断崖から落ちてひどく負傷し、大量に出血して死ぬ寸前にまで至った。父が彼を医師の元に連れていくと、医師はいった。「血は命です。この若者の血は流れ尽きてしまっていますが、自分の命を犠牲にしてもいいという人がいれば彼は回復するかもしれません。そうでなければ死ぬでしょう」。息子への愛で胸が一杯だった父は、自分の血液を提供し、父の血がこうして若者の血管に移されるや、彼は回復した。
人類は聖性の頂から転落し、罪に打ちつけられたまま横たわっている。この傷により、彼の霊的生命は衰え、死に瀕している。だが、わたしは信じる者のために永遠の霊的血を注ぎ出す。彼らが死から救い出され、永生を手にするためである。彼らが生命を得るため、より豊かに生命を得て永遠に生きる、この目的のためにわたしはきたのだ。
四、古代において、人々は獣の血を飲んだり特定の食物をとることを禁じられていた。こうすることによって、特定の病に罹らないと信じられたのだ。また、そうしないならば、人は獣の体をもっているため、肉を食べ血を飲むことによって獣的傾向が強められてしまうからである。しかし、今や「わたしの肉がまことの食物、わたしの血がまことの飲料」である。それが霊的生命を与え、完全な健康と天の幸福と歓びをもたらすのである。」(聖なる導きインド永遠の書、212~213頁)
この話で興味深いのは、主イエスが、ご自身が流された血を信者が受けることと、輸血という医療行為を同じ質の行為として類比させていることです。もしも神が、エホバの証人と同じように輸血を罪と見做していたら、決してこのような類比をさせることはないでしょう。
イエスが愛によって自らの命を分け与えたのと同じように、輸血も他者に自分の命を分け与える愛の行為として、神の目にきっと映っていることでしょう。






