144000人とは誰のことですか?十四万四千人と大群衆の実体①


まばゆいばかりの霊的な光がきらめいたのは,1935年のことです。

米国のワシントンDCで開かれた大会において,・・・話し手のJ・F・ラザフォードが「地上で永遠に生きる希望を抱いておられる皆さんは,ご起立いただけますか」と言うと,聴衆の半数以上が起立しました。すると,兄弟は「ご覧ください! 大いなる群衆です!」と述べました。

多くの人は自分の将来の希望をついに理解して,深い感動を覚えました。

―1935年5月31日,米国ワシントンDCの大会にて

1935年、ものみの塔協会二代目会長のJ・F・ラザフォードは、啓示7章に登場する「大群衆」の実体を明らかにする、歴史的な発表を行いました。聴衆の半数以上は喜びをもって立ち上がり、自分たちが「天的な希望を持つ144000人」ではなく、「地上で永遠に生きる大群衆」であることに同意したのです。

協会の教えによれば、この年をもって、144000人を集める業は終了し、世界中の大群衆を集まる業が開始され、今日に至るまでその業は変わらず続いています*[1]

「まばゆいばかりの霊的な光」と称されたこの教理の変更が、本当に正しい聖書の教えなのであれば、彼らは確かに「光を増し加えてきた」と言えるでしょう。しかし、もしもそれが誤った聖書の教えなのであれば、彼らが増し加えてきたものは「闇」以外の何物でも無いことになります。

「144000人と大群衆」―本記事では、全てのエホバの証人にとって極めて重要なこれらのテーマについて、しっかりと聖書から論じ、答えを明らかにしていきたいと思います。

十四万四千人と大群衆―教理の要点と比較

最初に、エホバの証人が啓示7章における「144000人」と「大群衆」について、どんな定義をしているのかを確認します。

144000人とは

「そしてわたしは,証印を押された者たちの数を聞いたが,それは十四万四千であり,イスラエルの子らのすべての部族の者たちが証印を押された。」(啓示7:4)

  1. 人数:144000人とは、文字通りの数である。
  2. 構成する人々:144000人は、主に紀元一世紀のクリスチャンと、エホバの証人の油注がれたクリスチャンによって構成される。
  3. 希望と役割:彼らはキリストへの信仰によって神の子供とされ、やがて霊の命へ復活し、天へ挙げられる。そして、キリストと共に千年の間、天から地上の楽園を統治する。
  4. 新しい契約:キリストを仲介者とする新しい契約の「当事者」は、144000人だけである。したがって、記念式(聖餐式)のパンとぶどう酒に与るのは144000人だけとなる。
  5. 新約聖書の意義:新約聖書の大部分は144000人のために書かれたものと見做される。
144000人とは誰ですか

144000人は天でキリストと統治する|JW.ORG

大群衆とは

「見よ,すべての国民と部族と民と国語の中から来た,だれも数えつくすことのできない大群衆が,白くて長い衣を着て,み座の前と子羊の前に立っていた。彼らの手には,やしの枝があった。・・・これは大患難から出て来る者たちで,彼らは自分の長い衣を子羊の血で洗って白くした。15 それゆえに神のみ座の前にいるのである。」(啓示7:9-15)

  • 構成する人々:大群衆とは、144000人以外のエホバの証人のことであり、エホバとその組織に対する従順を通して、大患難~ハルマゲドンを生きて通過し、千年王国に入る人々を指す。
  • 希望と役割:大群衆は地上の楽園で永遠に生きる見込みを持っている。ただし、大群衆が最終的に神の子供とされるためには、千年王国の期間中に地上の楽園で忠実を保ち、最後の試みを通過する必要がある。
  • 新しい契約:大群衆は、新しい契約の「当事者」ではなく、イエスは彼らの「仲介者」ではない。しかし、大群衆はその契約から「益を受ける人々」であるため、記念式(聖餐式)でパンとぶどう酒に与ることはないが、参加することによってイエスへの感謝を表す。
  • 新約聖書の意義:144,000人のために書かれたものであり、大群衆のために書かれたものではない。しかし、神は「ある意味」において大群衆を義なる者と見ているため、その教えの多くが適用される。
大群衆はハルマゲドンを通過して地上の楽園へ

大群衆はハルマゲドンを通過して地上の楽園へ|JW.ORG

キリスト教の理解

終末論、黙示録に関する議論

「144000人と大群衆」については終末論に関わる教えですが、終末論はキリスト教の中で最も多様な解釈が分かれるテーマです。

まず大まかには、黙示録の預言を過去に起きたものと見るか、未来に起きるものと見るかに分かれますが、聖書的に考慮に値する説として、またエホバの証人との議論において有効とされる説としては、未来に起こる出来事を描いたとする「未来主義」が挙げられます。当サイトの神学的立場も、この未来主義です。

次に、「未来主義」の中でも、「144000人と大群衆」に関しては異なる複数の立場がありますが、大きく分ければ次のようになります。

字義的解釈と比喩的解釈

字義通りの解釈:144000人については、文字通りの144,000人のイスラエル民族を表しているとされ、大患難において神から守られながら世界宣教を行う人々であると理解されます。大群衆については、144,000人とは異なるグループで、彼らの働きによって大患難時代に救われるクリスチャン全体を表していると理解します。

比喩的解釈:144000を象徴的な完全数(12 x 12 x 1000)と見做し、教会全体を表すと理解します。大群衆については、144,000人と同じグループを表しており、前者が地上における教会の状態、後者の大群衆が天における教会の状態を表していると理解します。

こうした解釈の相違があるテーマですが、どちらの立場においても共通している点は、これら二つのグループ「144,000人」「大群衆」の双方が、天的な希望を持つ救われるクリスチャンである、ということです。

※なお、上記の区分けと定義は、あくまで大まかなものであり、144,000人と大群衆それぞれの詳細な定義については、学者によって意見の相違があることをご理解下さい。なおカトリックの場合は、このテーマに関する明確な教えは無いようです。

教理の要約と聖書的な根拠

一世紀のクリスチャンの祝福

エホバの証人の教えにおける「144,000人と大群衆」の要点が確認できたところで、次に彼らがどのような聖書的根拠をもって、その教え説いているのかを確認していきます。

まずエホバの証人は、新約聖書の記録にしたがって、紀元一世紀のクリスチャンに次のような希望が与えられたことを信じており、この点はキリスト教の教えとも共通しています。

  • イエス・キリストの贖いによって新しい契約が交わされたこと。
  • キリストを信じる者たちが新しい契約の当事者となり、罪赦されて「神の子供」となること。
  • 「神の子供」として生まれた変わった人々は「油注がれた」クリスチャンであり、天的な希望を持ち、千年王国でキリストと共に王・祭司として統治すること。

144000人の定義の聖書的根拠

しかし、キリスト教との教理の違いを決定的に分けたのが、「144,000人」に関する理解です。エホバの証人は、紀元一世紀のクリスチャンに与えられた希望が、ヨハネの黙示録7・14章に登場する144,000だけに適用されると理解したのです。そして、その144000人とは、主に一世紀のクリスチャンと、現代の油注がれた少数のエホバの証人から構成される、と信じるようになったのです*[2]

彼らがそのように理解した聖書的根拠は次の通りです。

144,000人は文字通りの人数を表します: 啓示7章では、「144000人」と「誰も数え尽くすことのできない大群衆」とが対比されていますので、144000人は実際の数であることがわかります。―『論じる』337頁。

144,000人はイスラエル民族ではなく、霊的なイスラエルです: リストアップされた部族名には、生来の十二部族のリストに無い「レビの部族」と「ヨセフの部族」が含まれています。また、「すべての部族の者たちが証印を押された」と言われていますが,ダンの部族とエフライムの部族のことは述べられていません。したがって、これらはイスラエル民族ではなく、霊的なイスラエルを表しています。―『論じる』410頁。

144000人には大患難の直前に地上で生きている人々が含まれます: その理由は、彼らに証印が押されるのが、大患難が始まる直前だからです。

144000人には、一世紀のクリスチャンが含まれます: その理由は、啓示14章で、彼らが「初穂」と呼ばれているからです。これは、一世のクリスチャンが「初穂」と呼ばれていた事実と調和します。

天の王国でイエスと共に支配する人たちが「小さな群れ」と呼ばれたことは、144000という数字と調和します: 「小さな群れ」という表現は、比較的少数の限定された人数であることを示唆します。また支配する人々の数は、支配を受ける人々の数よりもずっと少ないはずです。(ルカ 12:32; 22:29)

議論の焦点

以上に挙げた一連の理由に基づき、エホバの証人は、新約聖書に記された祝福の数々が、144000人だけに当てはまると考えるようになったのです。そして必然的な結果として、それ以外の大群衆は、契約の当事者ではなく、信仰によって神の子供ともならず、天的な希望を持たず、聖餐式のパンとぶどう酒に与るべきではない、という神学体系が生じたのです。

つまり、144000人・大群衆・神の子供、に関するエホバの証人の教えの源は、「144000人」に対する独特な解釈にあり、その解釈を前提とし、他の全ての聖句に適用していった結果として、このような一連の教えが生じたのです。以上の要点を踏まえ、本記事では「144000人」の実体を、聖書から解き明かしていきたいと思います。

※事前にお伝えしておくべき点として、当サイトは「144000人」に関して、文字通りの144000人のイスラエル部族だと理解しています。この点については、冒頭でも述べた通り、プロテスタントの中でも異なる解釈の立場が存在しますが、このテーマがエホバの証人との議論において極めて重要であることから、聖書に基づいて明白な説明をすることを、避けて通ることはできません。

144000人は文字通りの数か?

14万4,000という数は単なる象徴的な数ですか  14万4,000という限られた数が示された後に,啓示 7章9節が「だれも数えつくすことのできない大群衆」に言及しているという事実がその答えを示唆しています。もし14万4,000という数が文字どおりの数でないとすれば,「大群衆」との対照を示す数字としての意味がなくなってしまいます。」―『論じる』337頁。

上記の通り、エホバの証人は、144000という数字が具体的に示される一方、その後に続く大群衆が「数え切れない」と表現されていることから、144000は文字通りの人数だと理解しますが、この点は特に問題がありません。

補足として、「聖書が聖書を解釈する」という解釈学の原則に沿って考えると、特定の数字を比喩的・象徴的に解釈する場合は、すでに聖書の別の箇所で同じ数字が象徴的に用いられていることが明らかである必要があります。

しかし「144000」の場合は、聖書の他の箇所で象徴的に用いられた事例が一つもありません。12 x 12 x 1000 という計算式を当てはめたとしても、そのような複雑な計算を読者に求めている事例は存在しないのです*[3]。ですから、144000という数字は、その通りの数字として理解することが最も自然な解釈だと言えます。

144000人はイスラエルの十二部族か?

エホバの証人の主張

エホバの証人は、144,000人でリストアップされる各部族名が、生来のイスラエル十二部族でない、ということを引き合いに出し、それが文字通りの十二部族ではなく、霊的なイスラエルだと主張します。しかし、この部族名に関する問題を取り上げ、その実体を霊的なイスラエルだと理解するのは、エホバの証人だけではありません。キリスト教の神学者の多くもまた、同じような考えを持っているからです*[4]

この箇所に関するエホバの証人の主張は、以下の通りです。

「わたしは,証印を押された者たちの数を聞いたが,それは十四万四千であり,イスラエルの子らのすべての部族の者たちが証印を押された」(啓示 7:4)。ところが,その続きの節の中で,「レビの部族」と「ヨセフの部族」のことが述べられています。これらの部族は生来のイスラエルの十二部族の一覧表には含まれていませんでした。興味深いことに,「すべての部族の者たちが証印を押された」と言われていますが,ダンの部族とエフライムの部族のことは述べられていません。[民数記 1:4‐16と比較。]ここでは神の霊的なイスラエルのことが述べられているに違いありません。啓示 14章1‐3節は,それらの人がキリストと共にその天の王国にあずかることを示しています。」―『論じる』410頁。

引用文における主張を要約すると、次のようになります。

  1. リストアップされた部族名には、生来の十二部族のリストに無い「レビの部族」と「ヨセフの部族」が含まれている。
  2. また、「すべての部族の者たちが証印を押された」と言われているが,ダンの部族とエフライムの部族のことは述べられていない。
  3. したがって、ここでの部族リストは、明らかに生来のイスラエル部族のリストとは異なるものなので、民族的イスラエルではなく、霊的なイスラエルを表している。

ヨセフ部族が含まれエフライムが除かれた理由

ものみの塔は、生来の部族リストに無い「ヨセフ部族」が含まれているから、144,000人はイスラエル民族ではない、と主張します。しかし旧約聖書における十二部族の記述法を考慮するなら、その主張には根拠が無いことがわかります。

本来、ヤコブの子供である「ヨセフ」の子孫は、全て「ヨセフ部族」となるはずでしたが、ヨセフが2倍の祝福を受けたため、彼の子供である「マナセ」と「エフライム」から、二つの部族が誕生したのです。そのため、旧約聖書の中では、マナサやエフライム部族が、度々ヨセフ部族として置換えられるのです。したがって、黙示録7章でヨセフ部族が挙げられるのは、何も不自然なことではありません。(申命記27:12、申命記33:13、歴代第一2:1)

また、長子の権を受けたエフライム部族だけが*[5]、ヨセフと対応して表現される箇所もあります。

「次いで,[神]はヨセフの天幕を退け、エフライムの部族を選ばれなかった。」(詩篇78:67)

以上の理由から、啓示7章のリストで、エフライムの代わりに「ヨセフ部族」が挙げられていることは、聖書的な視点に立てば、決して不自然なことでは無いことがわかります。

ダン部族が省かれた理由―12の数合わせ

ダン部族に関する議論

黙示録7章の部族名の中で、「ダン部族」の名前が無いことについては、神学者の間で多様な説が提唱されています。例えば、(1)反キリストがダン部族から出るから、(2)偽預言者がダン部族から出るから、(3)ダンが繰り返し偶像礼拝を行ったから、などの理由だとする説です。

ただし、繰り返し偶像礼拝を行ってきたのは、他の多くの部族も同じであり、反キリスト・偽預言者説も、推測の域を出ません。この点について、私が最も納得できる説は、「12」という数合わせをするためのユダヤ的文学手法だと説明するアーノルド・フルクテンバウム博士の見解です。

「12」の数合わせ

博士は、2014年に開かれたセミナー「携挙・大患難時代・そしてユダヤ人の運命」の中で、144000人に関する説明で、次のようなコメントを残しています。

私は長年、世界中を旅行していますが、よく「144000人の中で、なぜダン部族の名前だけが抜かれているのか」と聞かれます。しかし、申命記33章で、なぜシメオン族の名前が抜かれているのかについては、一度も聞かれたことがありません。つまり、多くの方は、黙示録は興味があって読むけれども、申命記はあまり読まないのです。

また、申命記33章だけでなく、旧約聖書が部族名を挙げる際、レビ族を省く場合もあります。

よくイスラエルの十二部族と言われますが、イスラエルの正確な部族数は、12ではなく、13です。その理由は、ヨセフが長子の権によって2倍の祝福を受け、彼からマナセとエフライムの二部族が出たからです。ですから、十二部族として挙げる際は、どれかの部族名を省かなければなりませんが、それは省かれた部族が存在しないことを意味するわけではないのです。

以上の点から、シメオン族、レビ族、ダン族がそれぞれの箇所で省かれている理由は、「12」という数字に合わせて記述するための、ユダヤ的な文学手法の可能性が最も高いのです。

※では、なぜ黙示録ではダンが省かれたのか、という点ですが、その詳細な理由については、聖書は沈黙していますので、私たちも憶測を立て過ぎない方が良いのです。

部族名 申命記33章 啓示7章(黙示録)
1:ルベン
2:シメオン
3:レビ
4:ユダ
5:イッサカル
6:ゼブルン
7:マナセ
8:エフライム ヨセフに置換え
9:ベニヤミン
10:ダン
11:ナフタリ
12:ガド
13:アシェル

以上に挙げた一連の理由から、黙示録7章の144,000人で挙げられた部族名は、旧約聖書における十二部族の記述法を考慮した時に、決して不自然なものではないことがわかります。そして、ここでの部族名のリストを念頭に、144,000人を「霊的イスラエル」だとする解釈には、十分な聖書的根拠が無いことがわかります。*[6]

十四万四千人を民族的イスラエルだとする根拠

霊的イスラエルであれば、部族名が挙げられる意味はない

「そしてわたしは,証印を押された者たちの数を聞いたが,それは十四万四千であり,イスラエルの子らのすべての部族の者たちが証印を押された。」(啓示7:4)

もしも、144000人のイスラエルが霊的・象徴的な意味合いであるなら、続く聖句で「部族名」と「各部族の人数」にまで言及する必要がありません。しかし、ここでは十二部族の名前と証印を押される人数までもが、具体的に示されています。

聖書の預言は、時に他の解釈の余地を除外したり、その意味を明らかに強調したりするために、予言する出来事に関して、複数の側面を表現する場合があります。例えば、啓示11章における「四十二ヶ月」が実際の「四十二ヶ月」であることは、同じ文脈で「1260日」について言及されていることから明らかになっています。

「彼らは聖なる都市を四十二か月のあいだ踏みにじるであろう。3 そしてわたしは,わたしの二人の証人に,粗布を着て千二百六十日のあいだ預言させる」。4 これらの者は,二本のオリーブの木,また二つの燭台[によって象徴されて]おり,地の主の前に立っている。」(啓示11:2~3)

144000人の場合は、そのグループが「イスラエル」というだけでなく、「十二部族から成るイスラエル」であり、さらに「部族名」と「人数」までもが示されています。ですから、ここでの144,000人を、霊的イスラエルと解釈するのは、かなり不自然であることがわかります。

十二部族に対する神の計画は続いている

「それでわたしは,ちょうどわたしの父がわたしと契約を結ばれたように,あなた方と王国のための契約を結び,30 あなた方がわたしの王国でわたしの食卓について食べたり飲んだりし,また座に着いてイスラエルの十二部族を裁くようにします。」(ルカ22:29)

イエスは、将来の神の国において、十二使徒がイスラエルの十二部族を裁くようになる、と預言しました。つまり、イスラエルの十二部族に対する神の計画は終わっておらず、千年王国においては「民族的イスラエル」が確かに存在するのです。また、旧約聖書の預言の数々も、そのことを確かに示しています。(エゼキエル47~48章、ミカ4章)

さらに、啓示21章で登場する新しいエルサレムの門には、イスラエルの十二部族の名前が記されています。

「それには大きくて高大な城壁があり,また十二の門があった。そして,門のところには十二人のみ使いがおり,イスラエルの子らの十二の部族の名が書き込まれていた。」(啓示21:12)

他にも、イスラエル民族に対する神の計画が千年王国にまで続いていくものであることを示す聖書の預言はたくさんあります。ここでは詳しくは取り上げませんが、興味のある方は、以下のセミナーをご覧いただくことをお勧め致します。

聖書は千年王国について何を教えているか

結論

本記事ですでに確認した通り、エホバの証人は、新しい契約の当事者が144,000人だけであり、信仰によって神の子供とされ、天的な希望を持つのも144,000人だけだと理解しています。しかし、これまでに考察してきた点を考えれば、144,000人の実体が民族的イスラエルであることは明らかです。

では、新しい契約の当事者は、キリストに信仰を持つイスラエルの144,000人だけなのでしょうか?聖書は明らかにそれを否定しています。信仰によって神の子供とされる新しい契約の当事者には、ユダヤ人だけではなく異邦人も含まれるからです。

「26 現にあなた方は皆,キリスト・イエスに対する信仰によって神の子なのです。27 キリストへのバプテスマを受けたあなた方は皆キリストを身に着けたからです。28 ユダヤ人もギリシャ人もなく,奴隷も自由人もなく,男性も女性もありません。あなた方は皆キリスト・イエスと結ばれて一人の[人]となっているからです。」(ガラテア3:26~27)

ですから、キリストを仲介者とする新しい契約の当事者は、「144000人だけ」ではなく、「キリストを信じる全ての人々」なのです。ペンテコステの聖霊降臨の日以来、キリストを信じる全ての人は神の子供とされ、永遠の命を持ち、天的な希望を与えられているのです。

「しかし,彼を迎えた者,そうした者たちすべてに対しては,神の子供となる権限を与えたのである。その者たちが,彼の名に信仰を働かせていたからである」(ヨハネ1:12)

神の霊に導かれる者はみな神の子であるからです。」(ローマ8:14)

1935年以来、ものみの塔協会が説き続けてきた「大群衆は地上で永遠に生きる」という教えは、「まばゆいばかりの光」ではなく、「増し加えられた闇」だったのです。

本記事を読む全てのエホバの証人の方々の目が開かれ、「神の子供の栄光ある自由を持つ」ことができますように。

脚注

[1] ただし、その後も天的な希望を告白する信者が常に生じてきたため、協会はその理由として、「過去に選ばれた後に不忠実になって144000人から外れたクリスチャンを補充するために、神が新たに選んでいる」としています。しかし、天的な希望を告白する信者があまりにも増加してきているため、その説明には筋が通らなくなってきています。

[2] より正確には、144000人は、一世紀のペンテコステの日から集められ始め、その選びが終了するのが大患難の直前、だということです(証印が押し終えられる)。「主に」一世紀のクリスチャンと現代の少数のエホバの証人から成る、という意味についてですが、もしも二世紀以降のクリスチャンの多くも含まれるとすると、144000人を軽くオーバーし、JWの教えと矛盾してしまいます。

そこで協会は、二世紀以降に大規模な背教が起き、現代のエホバの証人によって真理が回復された、と繰り返し教えることにより、「144000」という人数の合計が自然なものとなるよう工夫しているのです。なお、JWの教えでは、二世紀~十九世紀までにも、油注がれたクリスチャンがいた可能性は否定しませんが、その数は非常に少ないものだったと、推定されています。

ちなみに、一世紀のクリスチャン人口については、正確な統計はありませんが、幾つかの調査に基づけば、144000人は越えていたと推定されます。

[3] 複雑な計算を要する場合、聖書は読者に具体的な指示を与えます。黙示録13章で獣の数字を計算するよう要求している箇所は、その典型だと言えます。

[4] ただし、現代の144,000人に含まれるのが、エホバの証人の油注がれた者だけだという理解は、エホバの証人独自のものです。

[5] 実際には、エフライムはマナセの弟でしたが、神の摂理によって、長子の権を受けたのは弟のエフライムの方となりました。このことは、ヤコブがエフライムを右手で祝福したことからも明らかです。

[6] もっとも、144,000人を「霊的イスラエル」と理解するキリストの神学者にとっては、その主張の根拠はこれだけではありません。ただし、ものみの塔については他の聖書的根拠を挙げてはいないため、ここではこれ以上の議論は控えます。


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