管理人からのメッセージ


 現役のエホバの証人の方へ

重要な質問

早速ですが、ものみの塔協会が過去に何回にわたり「特定の年代・あるいは年代までに世の終わりが来る」と予言(預言)したか、ご存知でしょうか?

答えは、少なくとも「6回」です。そして、「6回予言した」という事実がありながら、まだ世の終わりが来ていない、ということは、それらの予言は全て外れた、ということです。それでエホバの証人は、以下の『目ざめよ!』誌の文章が示す通り、外部の人々からは、「偽預言者」と呼ばれてきました。

「エホバの証人がイエスの二度目の到来を切望するあまり日付を示唆し,あとで間違いであることが分かったことが何度かあります。このため,ある人々はエホバの証人を偽預言者と呼んできました。しかし,これらの出来事のうち,証人たちがあえて『エホバの名において』予言したことは一度もありません。また,『これはエホバの言葉である』と言ったことも一度もありません。エホバの証人の公式機関誌である「ものみの塔」誌は,「我々には預言の賜物はない」(1883年1月号[英文],425ページ),「我々は自分たちの著作を崇めたり,絶対に正しいものとみなしたりはしない」(1896年12月15日号[英文],306ページ)と述べています。」(目93年3月22日、p.4)

この文章では、エホバの証人が過去において確かに特定の日付を示唆したことは認めつつも、次の二つの点については、否定していることがわかります。

  1. それらの予言を「エホバの名において」語ったこと
  2. それらの予言を「絶対的に正しいもの」として示したこと。

協会は、なぜ以上に挙げた二つの点を頑なに否定するのでしょうか?その理由は、偽預言者を見分ける方法として、聖書が語っている次の点を確認すれば明らかになります。

偽預言者を見分ける方法

「『しかし,話すようにとわたしが命じたのではない言葉をあえてわたしの名において話し,あるいは他の神々の名において話す預言者,その預言者は死ななければならない。そして,あなたが心の中で,「エホバが話されたのではない言葉をどのようにして知るのか」と言う場合であるが,22 もし預言者がエホバの名において話しても,その言葉が実現せず,そのとおりにならなければ,それはエホバが話されなかった言葉である。その預言者はせん越にそれを話したのである。あなたはその者に恐れ驚いてはならない』(申命記18:20-22)

この聖句から明らかな通り、エホバが命じていない言葉を「エホバの名において」語る偽預言者は、深刻な罪を犯していることが明らかにされており、それがエホバからの言葉かどうかを見分ける方法は、「その言葉が実現するかどうか」であると述べられています。

ですから、もしも協会が、過去に行った数々の予言について、それらを「エホバの名において」語ったことを認めたとすれば、それは実際に自分たちが「偽預言者」であることを認めることとなります。また、単に日付を示唆した程度にとどまらず、それらの日付にハルマゲドンが来ることを「絶対的に正しいもの」として提示してきたのであれば、その深刻な責任について、言い逃れはできなくなるのです。

しかし残念ながら、上記で引用した目ざめよ!誌の弁明が、いかに誤ったものであるかは、聖書そのもの、協会の出版物そのものが明らかにしています。

「エホバの名において」とはどんな意味か

洞察1の403ページには、「エホバの名において語る」という表現が、どんな状況において適用されるのかが説明されています。

「アダムは神により任命されており神が人類に指示を伝達する経路としての地的な頭だったので,地上におけるエホバの代表者でした。(創 1:26,28; 2:15‐17; コリ一 11:3)そのような資格で仕える人たちは,「エホバの名において仕え」,『エホバの名によって語る』と言われています。」(申 18:5,18,19; ヤコ 5:10)

ここでは、「神により任命され」「神が人類に指示する際の伝達経路」となり「地上におけるエホバの代表者」となるような人々は、「エホバの名によって語る」と言われていることがわかります。議論の余地の無い点ですが、全世界のエホバの証人を指導する統治体は、自分たちがそのような資格を持つ者であることを繰り返し教えています。

ですから、歴史的に繰り返してきた予言の数々を「『エホバの名において』予言したことは一度もありません」という弁明は、真っ赤な嘘であることは明らかです。

実現しなかった「間違いの無い予言」

次に、過去に発表された予言の数々が、「絶対的に正しいもの」として示されてきたのかどうか、確認をしていきます。

1914年:異邦人諸国家が滅ぼされる

「C・T・ラッセルは,ウィリアム・ミラーやアドベンティスト派の幾つかのグループなど,主の再来に関して様々な日付を定めていた人々に批判的な見方をしていました。ところが,以前ネルソン・バーバーとの交友があったころから,聖書に基づく正確な年代計算が存在すること,そしてその計算によると,異邦人の時の終わりは1914年であることを確信するようになりました。」(『ふれ告げる』60頁)

ものみの塔初代会長のラッセルが1914年を「確信を持って」ふれ告げていたことについては、エホバの証人の多くは議論の余地なく同意されるはずです。しかし、ラッセルが「異邦人の時の終わり」という言葉を、「ハルマゲドンが来て異邦人諸国家が滅ぼされる」という意味において、一貫して語っていたことについては、ほとんどのエホバの証人は知りません。

「こうした事実のゆえに,チャールズ・T・ラッセルは1879年の7月に独自の宗教誌を発行し始めたとき,彼はその雑誌を「シオンのものみの塔およびキリストの臨在の告知者」という題名で発行しました。彼はマタイ 24章3節その他の箇所のギリシャ語パルーシアを「来る」ではなく,「臨在」と訳出したウィルソンのエンファチック・ダイアグロット訳にすでに精通していました。その新しい雑誌は,キリストの見えない臨在が1874年に始まったことを告げ知らせました。その臨在は1914年における異邦人の時の終わりまで続き,その年には異邦人諸国家が滅ぼされ,「貞潔な処女」級の残れる者は,死んで霊者として命に復活させられることによって,天にいる彼らの花婿とともに栄光を受けるものと考えられました。こうして,五人の賢い処女で表わされた級の人たちは,戸口を通って中に入り,結婚式に連なるのです。」(『千年王国』1974年、p.184)

上記の文章でもわかる通り、ラッセルの時代、当時の『ものみの塔』誌で熱心に告げられていたのは、「1874年からキリストの臨在が始まり、1914年には異邦人諸国家が滅ぼされ、復活と天的な希望が実現する」というものでした。しかし、これらの予言は、基本的には実現することは無かったのです。

したがって、ラッセルがあたかも1914年に関する予言を的中させたかのように繰り返し強調する協会は、文脈を無視した引用をしており、読者を欺いていると言わざるを得ません。

「1914年のずっと前から,聖書研究者たちは,その年に苦難の時が始まると述べていました。 そして,事態はまさに彼らの予告どおりになりました。」(『神の王国は支配している』2014年、22頁)

聖書研究者たちは、その年こそが「苦難の終わる年」だとふれ告げていたのであり、事態は何も、彼らの予告通りにはならなかったのです。したがって、協会の出版物は、プロパガンダであると言えるでしょう。

1925年:預言者たちの復活を確信をもって期待できる

「1920年の”Millions Now Living Will Never Die”(「現存する万民は決して死することなし」)という小冊子は,「1925年には,アブラハム,イサク,ヤコブや昔の忠実な預言者たちが[死者の中から]……人間としての完全な状態に戻って来ることを確信をもって期待できる」と述べていました。1925年には昔の忠実な人々の復活が予想されていただけでなく,油そそがれたクリスチャンがその年に天の報いを受けることを期待していた人もいました。1925年は過ぎて行きました。中には,希望を捨てた人もいました。」(『ふれ告げる』1993年、p.77)

聖書の中では明らかに「復活」は世の終わりのしるしの一つです。ラザフォードは、その年代に復活が起きることを「確信をもって期待できる」と宣言しました。

1975年:間違いなく至福千年期が来る

「1975年は,間違いなく,非常に意義のある興味深い出来事のあった年として歴史に残る年となるでしょう。そうした出来事の中には,4日間にわたるエホバの証人の「神の主権」地域大会があります。この大会は出席した人々にとってとりわけ長く記憶に残るものとなるでしょう。」(塔75年7月15日号、p.448)

「前述の証拠があるにもかかわらず,至福千年期が実際に近づいたこと,そうです,わたしたちの世代のうちに始まることを確信させられるに足る「しるし」を要求する懐疑的な人は少なくありません。わたしたちは,イエス・キリストがメシアであることを確信させられるに足るしるしをイエス・キリストに求めた,19世紀前の律法学者やパリサイ人のあの「邪悪で姦淫の世代」の者ではありません。(マタイ 12:38,39)。」(『千年王国』1974年、p.162)

「1975年は,間違いなく,非常に意義のある興味深い出来事のあった年として歴史に残る年となるでしょう。」と力強く語られ、その明白なしるしを信じない人々は、一世紀のパリサイ人のような「邪悪で姦淫の世代」だと批判されています。

1914年の世代が過ぎ去る前に新しい世が来ることが「創造者の約束」

「本誌は,1914年の出来事を見た世代が過ぎ去る前に平和で安全な新しい世をもたらすという,創造者の約束に対する確信を強めます。」(『目ざめよ!』1982年4月8日号~1995年10月22日号、p.4「目ざめよ!誌が発行される理由」)

この文章は、1982年~1995年までの13年間に渡って、目ざめよ!誌が発行される目的として毎号載せられていたものです。「1914年の出来事を見た世代が過ぎ去る前に平和で安全な新しい世をもたらす」ことが「エホバの約束」であると宣言されるだけでなく、読者がその約束を「確信」できるよう、繰り返し教育してきたことがわかります。

今はもう2018年となり、1914年の出来事を世代は過ぎ去りましたが、「エホバの約束」として大々的に語られてきた予言は、実現せずに終わりました。

以上、世の終わりに関する四つの協会の予言を確認してきましたが、それらのどれも「間違いの無い」ものとして、提示されてきたことがわかります。ですから、結論として、「『エホバの名において』予言したことは一度もありません」「我々は自分たちの著作を崇めたり,絶対に正しいものとみなしたりはしない」というものみの塔の弁明は、単なる責任逃れの言い訳であることは明らかです。

その実によって彼らを見分けるでしょう

「羊の覆いを付けてあなた方のもとに来る偽預言者たちに警戒していなさい。内側では,彼らはむさぼり食うおおかみです。16 あなた方は,その実によって彼らを見分けるでしょう。」(マタイ7:15-16)

イエスは、ある人が偽預言者であるかどうかは、「その実によって見分けられる」と語りました。統治体が歴史的に繰り返してきた六度に渡る偽予言は、れっきとした「実」であることは明らかです。

また、少なくとも、ここ数十年で大々的に語られた二つの予言の失敗について、協会側は、読者や信者に対して何の謝罪もしておらず、むしろ信者に対する責任転換や、偽りを交えた言い訳が繰り返されてきています。

「しかし,ある特定の日に照準を合わせて,自分や自分の家族に本当に必要な事柄など,わたしたちがクリスチャンとして普通に注意を払うような日常の事柄を怠るのは賢明ではありません。・・こういう考え方をしていなかったために失望している人がいるなら,その人は,自分の期待に背いて,あるいは自分を欺いて自分を落胆させたのが神の言葉ではなく,自分自身の理解が間違った根拠に基づいていたためであることを悟り,自分の見方を今調整することに注意を注がねばなりません。」(塔76年10月15日号、p.632)

※1975年の予言の失敗後、何の謝罪もせず、かえって読者に責任転換をするものみの塔誌。

こうした事実を、イエスの言葉と照らし合わせて考えるならば、あなたがこれからも統治体を絶対的に経路として信頼する意味は果たしてどれだけあると思われるでしょうか?「組織の出版物以外は見ないように」という要求にある程度の筋が通るのは、組織が完全に公正で誤りの無い情報を信者に提供している時のみです。(もっとも、そのような要求自体が、カルト的組織のマインドコントロールの手法の特徴です)

しかし、組織が重要な情報を隠し、偽っている以上、そのような情報のコントロールは有害であると言わざるをえません。もしもこれらの情報を通して、あなたの目が少しでも開かれたのであれば、ぜひ当サイトをこのまま読み進めて頂ければ幸いです。

※6度に渡る偽予言については、「偽預言のリスト」で詳しく取り上げています。

エホバの証人の組織から離れた方へ

エホバの証人の組織から離れた人は、その後(1)神への信仰に留まる人と、(2)神への信仰から離れる人、に分かれます。そして、私がこれまでに色々な経験談や情報に目を通した上でわかったことは、組織から離れた人は、信仰からも離れるケースが多いということです。

なぜそのようになるのかについてですが、次のような理由があると私は考えています。

無神論者・自由主義神学の影響:

組織から出た後に聖書の教えを調べ直していくと、極めて高い確率で、無神論者や自由主義神学者の情報に触れるようになります。自由主義神学を大まかに定義すれば、聖書全体を神の言葉とは見做さず、そこには誤りもあり、創世記の数々の記録は神話だとする神学的な立場ですが、大なり小なりこの立場を支持する学者には、高い学歴を持つエリートが多いのがやっかいなところです。

エホバの証人は、聖書を神の言葉だと信じているわけですが、自由主義の主張に対してはあまり免疫が無いために、組織から出る時にこの手の情報に触れると、信仰を失うケースがとても多く見られるのです。

実際に、脱退者の多くが目を通している「ドアの向こうのカルト」や、その著者である佐藤氏が作成したJW解約、などのサイトでは、エホバの証人の批判だけでなく、聖書に対する批判もなされています。これらは、佐藤氏が信仰からも離れた原因の一つに、自由主義神学があった可能性を示しています。

私自身、組織から出た後に最も信仰の試練となったのが、この自由主義神学に関する問題でしたが、多くの時間をかけて研究を重ねた結果、確かな根拠に基づいて「聖書全体は神の霊感を受けている」という結論に達しました。

佐藤氏の著書やサイトで主張されている聖書批判は、どれも十分な調査や考察に基づいたものではなく、簡単に弁証することが可能です。この点については、追って別の記事で取り扱いたいと思います。

もしこの記事を読むあなたが、このような教えの影響で真理を求めることをやめてしまったのであれば、今一度、神を探し始めることを考えてみて下さい。イエスが語った通り、「求め続け、探し続ける人」には、必ず与えられるからです。(マタイ7:7)

洗脳が解けていない

組織の誤りに気付いた多くの人は「自分は洗脳から解かれた」と考えますが、実際にはその「洗脳」から完全に解かれていない人が多々見受けられます。抜けきりにくい洗脳の代表的なものは、(1)「キリスト教はバビロンである」という教え、(2)「エホバ」と「エホバの証人という組織」を同一視すること、です。

キリスト教はバビロンなのか

先ほどご紹介した「ドアの向こうのカルト」では、著者の佐藤氏がはじめから教会へ行かなかった理由を、次のように語っています。

組織を離れた証人たちの中には、最初に他のキリスト教教会に救いを求める人もいる。しかし私は最初から他のキリスト教には移行しないと決めていた。確かに証人たちの教義には問題もあるのだが、聖書に関してはかなり真面目で忠実だ。・・・だからもしここが違うのであれば、たぶんキリスト教関係のどこに行ってもあまり大差ないことは想像に難しくない。どんなにプロテスタント系の宗派が彼らの真理を力説したところで、所詮彼らが非難するバチカンから派生した分派に過ぎない(ドアの向こうのカルト、292項)

佐藤氏がこのように考えてしまった理由はおそらく、エホバの証人の教えの多くが誤っていたとしても、キリスト教の「三位一体」「霊魂不滅・地獄」の教理については偽りの教えだと考えていたからだと思われます。

実際に、背教者による多くのブログや書籍を見ても、1914年や輸血などの他の問題について指摘する情報はいくらでもあるのですが、三位一体の否定や霊魂不滅・地獄の否定を指摘するものは、ほとんど見かけることができないのです。

確かにこのような状況であれば、エホバの証人がダメだとわかった時点で、他に行く場所を見つけることもできないので、信仰からも離れてしまうことは大いに想定できます。しかし、実際にはこれこそが、統治体がもたらしている最大の洗脳の一つだと言えるのです。

「エホバ」と「エホバの証人」はイコールか?

最近Amazonで売れている「解毒 エホバの証人の洗脳から脱出したある女性の手記」の著者である坂根真実氏は、自身が洗脳から解かれた時の様子を次のように語っています。

「排斥処分という制度は、本当にエホバが作った制度なのだろうか?排斥処分になったというだけの理由で友人のお見舞いに行くこともできないならば、エホバは『愛の神』ではない。そもそも、エホバという神は存在しないのではないか・・・。一瞬にして、新しい世界が見えた。それは、洗脳が解けた瞬間だった。涙が涸れるまで泣いた後、私の脳内に『エホバ』という神は存在しなくなっていた。

私が何年も集会に通い続けたのには、二つの理由があったが、そのうち第一にして最大の理由は、『エホバという神が存在する』という呪縛に囚われていたことである。」(Kindle版、2974項)

この経験は、「ものみの塔はエホバが用いる唯一の組織である」という偽りの教えがもたらす深刻な弊害を明らかにしています。長年の信仰生活を通して、この偽りの教えを叩き込まれる多くの方々は、「エホバ」と「エホバの組織」を同一視するようになります。そしてその結果、「組織」を通して「エホバ」という神を見るようになるのです。

板根氏の場合は、排斥処分という組織の制度を通して「エホバ」という神を見てしまいましたが、その結果として、「エホバは愛ではない」=「だからエホバは存在しない」という結論を自分の中で導いてしまいました。

エホバ―つまり聖書が教える唯一の神は確かに存在していますし、私たちを本当に愛しています。そして、エホバは今日でも地上にご自身の民を持っておられますが、それは「エホバの証人」ではなく、単にイエスに信仰を持つ「クリスチャン」と呼ばれる人々なのです。「組織」が重要なのではなく、私たち一人一人が、ただキリスト・イエスに対する信仰によって「神の子供」となることが大切なのです。

神の霊に導かれる者はみな神の子であるからです」(ローマ8:14)

もしもこの記事を読むあなたの中に、「エホバと組織を同一視する」考えがまだあるようでしたら、それこそが最大の洗脳の一つだということを、よく考えてみてください。そして、イエスの名によって、正しい聖書の教えへと導いていただけるよう、天の父にお願いしてみてください。あなたが、神の子供としての自由を得ることができますように。

しかし,彼を迎えた者,そうした者たちすべてに対しては,神の子供となる権限を与えたのである。その者たちが,彼の名に信仰を働かせていたからである」(ヨハネ1:12)

真理を求めてはいなかった

エホバの証人としての生活を送る動機は、人それぞれです。多くのエホバの証人は、自分たちの属する組織に真理があることを理由に信仰生活を続けるわけですが、異なる動機を持つ方も少なからずいらっしゃいます。

ある方は、真理を求めた結果ではなく、「居場所」を求めた結果、エホバの証人になったかもしれません。また別の方は、エホバという「神」にではなく、いつの間にか「組織」に信頼と信仰を置くようになっているかもしれません。

これらの動機が、エホバの証人としての生活の基盤となっていた場合は、何らかの理由で組織から離れた時点で、もはやそれ以上、信仰生活を送ろうとする気にはならないでしょう。その動機が、「神」に対するものでは無かったからです。

そして、組織からも信仰からも離れた生活が、その人にとって満足のゆくものとなっているのでしたら、何も言うことはありません。信仰は、あくまで強制するものではないからです。ただしそのような場合でも、かつて属していた組織が「真の宗教」では無かった、という点は、思いに留めて頂ければ幸いです。

そうすれば、再びあなたが今後の人生で神を求める時が来た時に、回り道をすることなく、真理そのものであるキリストの元へ行くことができるからです。

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16)

クリスチャンの方へ~JWを知るべき三つの理由

日本で教会に通うクリスチャンであれば、エホバの証人について、ある程度知っておいた方が良いと私は考えていますが、それは次に挙げる三つの理由からです。

伝道者としての存在感が大きい

宗教年鑑(平成28年度版)によれば、現在の日本の統計では、カトリック約44万人、プロテスタントの主要教派の合計信者数が約32万人です。

一方、エホバの証人の信者数の合計は約22万人となっており、その数はプロテスタントのどの主要教派よりも多いものとなっています。

さらに、統計上のカトリックやプロテスタントの信者の中には、週に一度だけ教会に来る、あるいはあまり定期的に教会に来ないクリスチャンも少なからずいることでしょう。一方、エホバの証人の統計上の信者数は、週に二度の集会への参加、平均して月に十時間以上の野外伝道をする伝道者がほとんどを占めています。

また、エホバの証人以外で、家から家への戸別伝道や、駅前での野外伝道を実践しているキリスト教の信者はとても限られており、日本国内における伝道者としての存在感は、エホバの証人が群を抜いて高いのです。

偽りの教えが広められている

どのキリスト教の教派よりも熱心なエホバの証人ですが、教えの内容は、聖書から大きく逸脱しています。その結果、大変残念なことですが、彼らは救いを広める者ではなく、熱心に偽りを広める者となっているのです。

この現実は、エホバの証人の多くの方々が、それが真理だと心から信じ、真面目に実践しているからこそ、残念でなりません。正しいことをしていると信じながらも、実際には改ざんされた聖書を持ち歩き、偽りの預言と教理を教えているのです。

「わたしは,彼らが神に対する熱心さを抱いていることを証しするのです。しかし,それは正確な知識によるものではありません。3 彼らは神の義を知らないで,自分たち自身の[義]を確立しようと努めたために,神の義に服さなかったからです。」(ローマ10:2-3)

そして、彼らの教えや主張が、直接的にキリスト教に対する批判となっている点も見逃してはなりません。例えば、2009年11月の「目ざめよ!」では、キリスト教にかかわる六つの偽り」という題で特集記事が載りました。内容はその名の通り、キリスト教の主要教理―三位一体や霊魂不滅などを偽りであると教えるものであり、このような冊子が世界中で配られたのです。(なお、マリア崇拝や像を用いることに関する見解については、今でも同意できる部分がありますが)

ですから、積極的なエホバの証人の伝道活動は、キリスト教批判そのものであり、人々が教会に来ることの無いようにするものなのです。

伝道のチャンスとなる

このような状況があるにも関わらず、多くの教会では最低限の対処方法を教えられていないので、クリスチャンがエホバの証人と出会う機会があっても、聖書から彼らの教えの誤りを指摘することができません。また指摘ができたとしても、エホバの証人の側でも、色々な批判に対してどう答えるのかをある程度準備しているため、話が平行線を辿ります。

一方、エホバの証人の側では、毎月のようにキリスト教徒に対する伝道方法を教えられ、しっかりと論理武装し、準備が万端です。キリスト教を論駁するためによく引き合いに出される教えは三位一体や霊魂不滅に関するものですが、エホバの証人の批判に対して、これらの教理の聖書的根拠をしっかりと説明できるクリスチャンが少ないのは、とても残念なことです。

実際に、私が現役のエホバの証人だった頃は、野外でキリスト教徒に会う度に、積極的に聖書から証言をしようとしていました。そして、エホバの証人としての私の信仰の問題点をちゃんと指摘できるクリスチャンには、一度も会ったことがありませんでした。

しかし、キリスト教側のクリスチャンが、どのように答えるべきかをしっかりと準備しさえすれば、確かに彼らの偽りの教えを聖書から明らかすることは可能です。そうすれば、今まで逃し続けてきた機会を、エホバの証人を救いへ導く伝道のチャンスとして用いていくことができるのです。

当サイトでは、キリスト教のクリスチャンがエホバの証人を知り、彼らへ効果的な伝道ができるよう有益なコンテンツを提供していきたいと思います。

エホバの証人の方々の救いと、日本のクリスチャンのリバイバルを心よりお祈り致します。

※キリスト教的な立場から、エホバの証人について論じている書籍は既に複数出版されています。中でも大野教会の中澤啓介牧師や、異端問題を専門的に扱っているウィリアム・ウッド先生は、この問題に関する有益な本を書いています。


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3件のフィードバック

  1. 岡本浩之 より:

    はじめまして
    岡本と申します。
    自分も元エホバの証人だったもので、今は神戸のプロテスタント教会(マスターシードクリスチャン教会神戸)に通うものです。※エホバの証人時代にバプテスマを受けましたが、キリスト教での洗礼は受けてません。

    このサイトを同じプロテスタント教会のクリスチャンの方から教えてもらい見させていただいています。
    自分と同じ本をお読みになっていることに気がつきました。
    ドアの向こうのカルトでは確かに聖書批判をしていますね。
    オマエノセンノウガトカレタ とありましたが、個人的には悪霊によるものなのではと感じます。
    霊媒師のような人から洗脳が消えましたよねと言ってくるところなど、これがもし本当だとすればイエス様ではなく悪霊の仕業なのではと感じます。
    統治体の故バリー兄弟や故プリンス兄弟、坂本姉妹とも親交があったことが書かれていたことに興味がわきました。

    解毒も読みました。
    この本も後ろの方はエホバ神を批判するところがありますね。
    確かに坂根姉妹と結婚したい非常識な兄弟二人と結婚してしまい、暴力も振るわれてしまったので、そう考えてしまうとすごく残念に思えます。
    排斥のことに関しても”こういう仕組みで排斥されるんだ”と思い勉強になりました。

    先ほど故レイモンドフランズ兄弟の良心の危機を読み終えました。
    上記2つの書籍よりキリスト教的ですよね?
    統治体のは多数決で排斥かどうかを決めていることに驚きました。
    個人的に明るい顔だちで人の好さそうなギャギャンズ兄弟が日によって意見が変わる人だったんだと驚きました。
    おじさんのフランズ兄弟がキーマンだったことはエホバの証人に母に教えてもらいましたが、本に書かれている通りでしたね。

    実は私にはエホバの証人の母がいます。
    不活発なエホバの証人で、10年以上集会や伝道すら行っていません。
    しかしエホバの証人の信仰は持っているようです。
    母は地域大会のプログラムある”経験”よりも”聖書教理”に共感を覚える人です。
    なので今の自分では母親を説得する知識が足りません。
    このサイトに書かれていることをじっくり読んで、そのことを母親に言うことが今の自分の役目だと思っています。

    長文になりましたが、このサイトは私にとってとても励まされるものです。
    因みにワードプレスで書いています?

    また機会があればお会いしたいと思っています。
    このサイトに神様の導きがありますようお祈りいたします。

    岡本

  2. おかもと より:

    私も元エホバの証人だったものです。
    私の場合は母がエホバの証人でしたので、母親の影響でエホバの証人の道を進みました。

    私は今まで二つの会衆でお世話になりました。
    最初の会衆はとても雰囲気が良く、兄弟姉妹も明るくまさに平和の民という感じがいたしました。
    長老が3名いましたが、3名とも素晴らしい人たちでした。
    奉仕のしもべの兄弟も長老兄弟と仲良く連携されていたのを覚えています。
    巡回監督からこの会衆は本当の神の民と言われたほどでした。
    私は小学生からエホバの証人と聖書研究をはじめて、高校を卒業した時に引っ越しをして違う会衆に行きました。

    この二つ目の会衆でバプテスマを受けました。
    引っ越し先の会衆はとても問題が多く、精神病を患っている兄弟姉妹も見受けられました。
    そこで私はいじめにあい、オープンないやがらせと陰湿な嫌がらせを経験しました。
    だんだん自分の会衆内での居場所も無くなりました。
    もう限界、離れようと決意し、エホバの証人を辞めることにしました。

    辞めた後、気遣いを示していた兄弟姉妹から挨拶をしても返事がありません。
    兄弟姉妹は協会のロボットなんだなと改めて思いました。
    挨拶をしてくれたのは前の会衆の兄弟、姉妹(辞めたことを知っている人たちです)と引っ越し先で家族ぐるみで仲が良かった姉妹でした。
    そう思うと初めの会衆は平和の民だったんだなと思います。

    そこから自分は人生の目的を完全に見失いました。
    就職し会社員となり、仕事の忙しさで人生の目的を考えずに過ごすことができました。
    しかしたまに人生の目的って何だろうかと考えることもありました。
    そう考えるととても辛く、自分は神に滅ぼされ無になるのだろうと思い、とても不安でした。
    それから母親も不活発なエホバの証人となってしまいました。

    自分と母親でまたエホバの証人として前の会衆に戻ろうかと考えたこともありましたが、実現しませんでした。

    結婚を機に私は独立しましたが、滅ぼされるという思いは変わりませんでした。
    それから数年たち精神病を患い、会社も退職してしまいました。

    また人生の目的ってなんだろうかと考えました。
    またエホバの証人に戻ろうかと考えた時、キリスト教の牧師先生のサイトを見ていると、キリスト教こそ真理なのではと思うようになりました。
    そのサイトを熟読しました。
    しかし教会には行きたくない!
    自分が教会に行くと必ず何か悪いことが起こると考えました。

    ちょうどその時にハーベストタイムの中川牧師の動画で、”教会に行くのは神からの命令です”と言われ、近くの教会を探しました。

    初めて教会に行ったときはとても緊張しました。
    もしかしたらケガをするのではないかとも思いました。
    しかし教会の人たちはみなさん平和を愛する人のように思えました。

    そこからエホバの証人は間違っているのかということを調べました。

    私もドアの向こうのカルトを読みました。
    印象に残っているのは”オマエノセンノウハトカレタ”というシーンです。
    本の中である人からあなた洗脳が解かれたようですねと書かれていましたが、これが本当であったら神の力ではなく悪霊の仕業なのではと感じました。
    そこから聖書を否定することが書かれています。
    グノーシス派のことが書かれていますが、インターネットで少し調べただけでも聖書が正しいことが分かります。
    おそらく聖書そのものをあまり読まれていない可能性がありますね。
    統治体のバリー兄弟やプリンス兄弟、坂本姉妹など、エホバの証人の有名人と会っていたのは組織から特権を与えられていた兄弟だったんだなと思います。

    また解毒もよみました。
    最後の方ではエホバを否定することが書かれています。
    確かに結婚をせまられた二人の常識外れの兄弟からの暴力を受けたりすると、エホバの証人の組織が疑われます。
    そこからエホバの証人の組織が嫌になる気持ちは分かりますが、神も嫌になるのは少し違うのではと考えました。
    ダメなのは組織なのに・・・

    昨日レイモンドフランズ兄弟の良心の危機を読みました。
    統治体は聖書や祈りではなく、多数決で排斥を決めていたとは驚きでした。
    また会長であったフランズ兄弟以外は聖書知識が無い人たちだったとは思わなかったです。
    自分は牧師先生から聖書のことについていろいろ質問していますが、牧師先生の方が統治体よりも聖書的だなと感じます。

    このサイトは今通っている教会の方に教えてもらいましたが、とても参考になります。
    聖書教理が好きだった母親は、このサイトに書かれていることを信じればきっとエホバの証人がやっていることは間違いだと思うでしょう。
    しかし母はパソコンやスマホが大っ嫌いです。
    なので私がもっと勉強して母に伝えることが、今の自分の使命だと思うようになりました。

    分かりやすいサイトを管理していただきありがとうございます。
    神様からの祝福がありますようお祈りいたします。

    • Webmaster-GJW より:

      背景を詳しくお伝えいただきありがとうございます。
      色々な経緯を経ても、こうしてキリストに導かれてきたことは神の恵みですね!

      確かに、JWの中でも、とても平和な会衆がたまにあり、私が所属していた最後の会衆も、そういうところでした。
      離れた方は、その後どういう方向へ導かれるかが、非常に重要ですね。
      適切な情報が無ければ、長期間さまようことになってしまいますので、そのような方のためにも、当サイトが役立つものとなればと願ってやみません。

      お母様が、聖書の真理に気づかれることが、次の大事なステップですね。
      やはり、予言の失敗は鉄板ですが、その手法は、追って詳しく記事で扱いますので、是非参考になさって下さい。
      そして、くれぐれも、慎重に進めて下さいね。

      おかもと様の歩みと働きの上にも祝福がありますように。

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