エホバの証人の家族をものみの塔組織のマインドコントロールから救出する。管理人の実体験
最近、当ミニストリーのアンケートフォームに、次のようなリクエストが寄せられました。
「現在、夫婦で現役のエホバの信者なのですが、私はもうjwの教えを信じていません。しかし、妻は依然として信じており、どのようにして組織を離れていくと良いのかアドバイスをいただきたいです。自分はもう信じていないけれど、配偶者が信者であるがゆえに、この組織から離れられないという方がjw界隈にもそこそこいらっしゃるように感じます。もしよろしければ、このテーマを扱っていただければとても助けになります。」
この方のように、エホバの証人の家族・親族・友人をどうにかして組織のマインドコントロールから救出したい、間違いに気づかせたい、そのような切なる願いを持っている人はとても多いはずです。特に、現役のエホバの証人が間違いに気づいた後、家族・親族のエホバの証人を救出できるかどうかは、家族崩壊のリスクに関わる重大なテーマです。この記事を書く私自身も、かつてそのような事態に直面し、家族救出の問題を真剣に取り組んだ一人でした。
今回の記事では、私自身が、ものみの塔組織の間違いに気づいた後、家族・親族のエホバの証人を救出するために取り組んだことについて、分かち合わせて頂きます。同じ問題に直面している多くの方々にとって役に立つ情報となれば幸いです!
※この記事での「覚醒」の定義は、組織の教えの問題点にある程度気付き、統治体の命令を絶対視しなくなる、マインドコントロールから自由になることです。「救出」の定義は、エホバの証人の家族が覚醒した後に実際にエホバの証人を辞めることです。
前置きと読者の方々へのお願い
当時の私の場合は、救出したい(もしくは間違いに気づかせたい)親族が三人いたのですが、最終的には、十分ではありませんでしたが、その内の二人をある程度覚醒させることに成功しました。最初のターゲットは当時の配偶者であり、その次のターゲットはその妻の母親でした。
私が、その二人をどのように覚醒まで持って行ったのかについて、最初のこの記事では妻のケース、次の記事では妻の母親のケースを取り上げますが、特に義理の母親の救出作戦は、読み応えのあるものになると思うので、是非本記事と合わせてお読み頂ければ幸いです。というのも、その作戦は非常に骨の折れるものであったため、そこに多くの学びと教訓があったからです。そして、紆余曲折ありましたが、最終的には元統治体メンバーであるレイモンド・フランズが書いた『良心の危機』を読ませるところまで言ったのです。
一方、本記事で取扱う内容は、あくまで私の個人的な体験であり、他のエホバの証人に同じ作戦が通用する場合もあれば、そうではない場合もあるでしょう。ですから、この記事を読む読者で家族の救出に関わった方がいれば、ぜひコメント欄から、その経験を分かち合って頂きたいのです。
最近でも、当ミニストリーの方々からも、実際に自分が試した成功体験や失敗体験があれば、是非コメントして教えて頂ければ幸いです。そうすれば、この記事の中にたくさんの経験が寄せられることとなり、同じ問題で困っている方々にとって、より有益なコンテンツへと成長させることができるからです。

『良心の危機』元統治体メンバー、レイモンド・フランズが書いた書籍。元統治体という立場を生かして組織の内部の問題点を明るみに出した名著
家族・親族の救出がなぜ重要なのか
聖書の教えやエホバの証人の教えを知らない読者の方々のために、この話を始めていく前に、家族・親族の救出がなぜ重要なのか、という理由をお話したいと思います。
第一の理由は、聖書的な視点です。聖書は、イエス・キリストによる神の救いを啓示する本ですが、エホバの証人の教えの中には、実はイエス・キリストによる救いが根本的に欠如しているのです。具体的に言うと、聖書の救いとは、イエス・キリストの流された血に基づく新しい契約によって、信じる者の罪が許され、義とされ、神の子供として新しく生まれ変わることによってなされます。ところがエホバの証人の教えでは、自分たちを新しい契約の当事者から除外してしまうため、そこに罪の完全な赦しも、恵みにより義とされることも、神の子供として新しく生まれることも無いからです。
第二の理由は、エホバの証人の排斥制度に関わる問題であり、よく日本のメディアで「忌避」の問題として取り沙汰されているものです。ものみの塔の実質的指導者である統治体は、一度バプテスマを受けて正式な信者となったエホバの証人が、その後に何らかの背教的な行為に関わって排斥された場合、その人が現役のエホバの証人と交流することを一切禁じます。挨拶をすることさえ許されません。さらにたとえ家族の中であってもこのルールが適用されるため、もしも家族ぐるみでエホバの証人となっている場合、排斥はそのまま家族の分断へと繋がっていき、同じ家族であっても、もはやほとんどの交流が生涯できなくなってしまう、という深刻な事態が生じてしまうのです。
このような厳格な排斥制度ゆえに、長く家族と分断状態になり、苦しみを抱えている人が世界中で物凄く多くおり、実際に私も周りの元エホバの証人のクリスチャンの友人の多くも、家族との分断状態を今でも抱えています。
しかし、組織から抜ける・もしくは排斥される前に、エホバの証人の家族や親族を救出(あるいは覚醒させる)できれば、この分断状態を回避することができるのです。このような理由から、親族のエホバの証人を救出(もしくは覚醒させる)できるかどうかは、家族の分断を避けるための重要課題となりえるわけです。
自分が覚醒してから最初に注意したこと
私がどのようにものみの塔の教えの誤りに気付き、目ざめていったのか、その経緯については、すでに当サイトの記事「元エホバの証人・管理人の体験|聖書の真理を求め続けて」にて詳しく書いていますが、その背後にあった親族との葛藤については、これまであまりオープンにしてきませんでした。
しかし、私の経験や証しが誰かの救出のために役立つことが神の御心だと思い、この記事の中で、その詳細を明らかにしていきたいと思います。
エホバの証人の教えの間違いに気づき始めていく中で、すぐに私の中でチャレンジとなったことは、組織の教えに反することをリサーチしていくプロセスを、当時の妻に気づかれないようにすることでした。というのも、もしも背教的な行動が見つかったら、たとえ家族と言えども、その関係に亀裂が入るリスクがあったからです。加えてエホバの証人の中には密告制度もあり、万が一周りのエホバの証人が背教的な影響にさらされていたり、そのような行動を取っているのを見かけたら、長老に報告する義務もあったからです。
ものみの塔協会は、信者となったエホバの証人が、組織やその教えに反対する情報に触れることを極端に警戒しており、信者に対して「反対者の情報に触れることは罪であり、エホバに逆らうことだ」と教えています。この教えが叩き込まれているために、多くのエホバの証人は、外部の情報に触れることを「エホバの対する罪」として恐れることになり、中々組織の誤りに気付くことができないマインドコントロール状態に置かれるわけです。反対者の情報の中でも、特にものみの塔が警戒しているのが、元エホバの証人による情報だと言えると思います。
このような理由があるために、私は慎重に行動しなければなりませんでした。パソコンで色々と調べものをしながら、妻が帰ってくると、すぐにその画面を閉じて、別の作業をしているふりをしたものです。その光景はまるで、嫁が帰ってきた瞬間に、それまでにポルノを観ていた夫がその画面を隠すかのようでした(笑)本当に、まさにそんな感じで隠さなければならなかったのです。
気になるキリスト教系の信仰書や、組織から見た背教者である元エホバの証人が書いた本を買う時には、自宅で受け取らずコンビニで受け取り、自宅でもその本が家族に見つからないような場所に保管しました。
「背教者や,兄弟であると主張しながら神を辱める人とは決してかかわりを持たないようにしましょう。家族の成員であってもそれは同じです。(コリ一 5:11)・・実際,文書であれインターネットであれ,彼らの書いたものを詳しく調べるのは霊的に危険なことであり,不適切なことです。―イザヤ 5:20; マタイ 7:6を読む。」―塔12年5月15日号、26頁。
約一年間の背教的リサーチ期間をどう過ごしたか?
妻に内緒で独自の研究を続ける日々は、約一年ほど続きました。すぐに真実を伝えなかった理由は、私自身、エホバの証人の何が誤りで何が真実なのかという点について、先にある程度確信を得ている必要があると感じたからです。無責任に暴露しても、その後の受け皿となる情報を最低限用意していなければ、問題があると考えたわけです。
もう一つの理由として、ふさわしい時を待っていた、というのもあります。妻はエホバの証人としての活動に積極的に参加をしていましたが、そんな妻の心に変化が生じる可能性を考慮し、より伝えやすい時が来るのを待ったのです。
私は、毎週の集会や伝道などの活動には定期的に携わり続けました。しかし、集会での注解や、伝道の際に、自分の信仰と矛盾することは一切言わないようにしていました。さらに会衆の集会では、時々意味深な注解をしたりして、覚醒する見込みのある人が、なんとなく気付けるような言葉を発したりもしました。
そして、独自の研究を始めてからおよそ一年が経過する頃、聖霊のバプテスマについての証しを書いた『朝の九時: 聖霊の体験とその後10年間のあかし』という本を読んだ時、決定的に霊の目が開かれました。それまでは、組織は「キリスト教世界はエホバから背教した大いなるバビロンだ」と教えられていたわけですが、その本で語られる聖霊のバプテスマについての体験談は、聖霊からのものとしか思えない素晴らしいものばかりで、聖書に書かれている生き生きとした主の働きを彷彿させるものでした。私は、エホバの証人だけが聖霊に導かれるエホバの組織だという教えが完全に誤っていることに気付き、この生きた聖霊の働きを体験するために、キリスト教の教会の門を叩きたいと思うようになりました。
そしてその時期に、もう一つのタイミングがやってきました。妻が、その時期に起きたエホバの証人の会衆内での出来事に大きく躓き、組織に対する信仰心が揺さぶられたのです。私は「今がチャンスだ!」と思い、自分がそれまでに調べてきたこと、そして組織の誤りについて発見した真実を、ある程度一気に伝えました。
最初、妻は驚いており、背教者扱いされそうにもなりましたが、私がそれまでに研究してきた内容を伝えていく内に、ある程度の理解を示してくれるようになりました。そして、「ずっと黙っていて辛かったんだね。」と暖かい一声をかけてくれました。それは、私が安堵した瞬間でした。
つまり、一連の気付きを打ち明けた上で、妻は私に理解を示し「覚醒の第一段階」を踏むことができたのです。
妻の救出作戦を振り返って
その後、自分の理解や心情に理解を示してくれた妻がどうなったか、プライバシーに関わることでもあるので、残念ながら、このサイト上でお伝えすることはできません。(今はその人とは別れており、一緒にはいません。)
ただ、これまでの話から、幾つか言える大切なポイントがあります。まず第一に、自分が覚醒した後に、すぐに配偶者に打ち明けることをせずに、祈りながら適切なタイミングを待った、ということです。もしも私が、妻のエホバの証人としての信仰が順調な時に、闇雲に打ち明けていたら、あの作戦は成功しなかったかもしれません。
同じような境遇に今いる方で、言うタイミングに悩んでいる方は、ぜひ神に祈りつつ、相応しい時に打ち明けることができるよう、導きを祈り求めることをお勧めします。
また、組織に反する情報に触れる際は、そのことが周囲にバレないよう細心の注意を払うことをお勧めします。私自身は、その点は上手く立ち回れましたが、妻の母親の場合、最終的に「背教者の中の背教者の本」である『良心の危機』を読んだ後、それを同居の現役の姉妹に見つかってしまい、事態が悪い方向へ進展していく、ということが起こったからです。
最後に、私が妻に打ち明けた時点で、当時の妻がある程度の理解を示してくれた、という点には非常に大きな意味があったということです。
この時点では、エホバの証人の家族を組織から救い出す「救出」とまではいきませんが、ある程度「覚醒」させることには成功したわけです。その覚醒とは、「ものみの塔を神からの唯一の経路として絶対視するマインドコントロール状態」から解放させることに成功した、という意味における覚醒です。
この段階まで持っていくことができれば、その後は覚醒した信者は、自分の頭で考え始めることができるので、組織の問題点について、家族内で格段に話がしやすくなりますし、その話をしても「背教者扱い」しなくなるので、密告されることもないですし、家族の分断を回避することができるようになるわけです。このような流れで、無事に当時の妻を覚醒させる作戦を成功させてくれた神に感謝します!
そうして、妻を覚醒させることに成功した私は、次に、妻の親をどのように覚醒させていくか、という作戦を考え始めました。この作戦が、非常に骨の折れるものだったのですが、今思うと、その過程でたくさんの気付きや学びがありました。その詳細は、次の記事でシェアさせていただきます!