「エホバの証人」という名称は聖書的ですか
どんなグループにおいても、名称はそのグループにとっての重要なアイデンティティを表すものですが、エホバの証人の場合も例外ではありません。その名称には、真のクリスチャンであるエホバの証人が「エホバ」という御名によって知られるべきであり、その御名こそ、クリスチャンが呼び求めるべき最も重要な名である、というアイデンティティが込められているからです。
今回の記事では、この「エホバの証人」という名称が、本当に聖書的であるのかどうかについて、聖書から明らかにしていきたいと思います。
エホバの証人―その名称の由来
「エホバものみの塔の教えに従う信者のグループは、元々「ラッセル派」あるいは「聖書研究者」(The bible students)と呼ばれていました。しかし1931年に、二代目の会長のラザフォードが、米国オハイオ州コロンバスの大会で「エホバの証人」という新たな名称を採択したのです。
ラザフォードはその大会で、「エホバの証人」という新しい名称の根拠として、以下のイザヤ40章10節を挙げました。
「あなた方はわたしの証人である」と,エホバはお告げになる,「すなわち,わたしが選んだわたしの僕である。それはあなた方が知って,わたしに信仰を抱くためであり,わたしが同じ者であることを理解するためである。わたしの前に形造られた神はなく,わたしの後にもやはりいなかった。11 わたしが ― わたしがエホバであり,わたしのほかに救う者はいない」(イザヤ43:10-11)
以来、エホバの証人は、「エホバ」という御名を呼び求める民としての明白な自覚を持つようになり、その御名を今の時代の最重要な名として告げ知らせるようになっていったのです。しかしこの名称には、聖書的に考慮すべき二つの重要な問題があります。
それは、第一に「エホバ」という神の御名の発音の問題。第二に、告げ知らせるべき御名は「エホバ」なのか、それとも「イエス・キリスト」なのか、という問題です。
「エホバ」というみ名の発音は正確なのか
まず、「エホバ」と呼ばれる神のみ名について、基本的な概要を確認しておきます。
「エホバ」と訳される神のみ名は、「テトラグラマトン」と呼ばれるヘブル語の四つの子音文字で表記され、アルファベットでは「YHWH」と翻字されます。この神の御名は、旧約聖書全体で約6500回*[1]に渡って用いられており、かつては神の民から頻繁に発音されていたことがわかりますが、後のユダヤ人はこの御名を口にすることを恐れるようになりました。そのため、当時のユダヤ人が、どのような発音で神の御名を呼んでいたのかを十分に確定することはできなくなりました。
こうした背景の中、ものみの塔協会は、そのみ名の発音として「エホバ」を採用した経緯と理由について、出版物の中で次のような主張をしています。(協会の主張の要約を示します)
神のみ名「YHWH」の元々の正確な発音を知る人は一人もおらず、また学者の間でも意見の一致は無い。つまり、ヤハウェなのか、ヤーウェなのか、それともエホバなのかは誰にもわからない。だから、ものみの塔としては、数世紀に渡って馴染んで用いられてきた「エホバ」を採用した。(複数の出版物の説明を要約した内容です*[2]。)
実はこの説明は、事実を含んではいるものの、読者に誤解を与える不十分な説明であり、重要な点を欠いています。
まず、テトラグラマトンの発音を断定できないとはいえ、今日のほとんどの学者の間では、「ヤハウェ」もしくは「ヤーウェ」であっただろう、という見解で一致しています。大概のものみの塔協会の出版物の説明においては、「意見の一致が無い」という点が強調されているのですが、実際のところは「大まかな見解の一致」があるのです。
さらに、協会の出版物では、あたかも元の発音の候補の一つとして「エホバ」があるかのような書き方をしていますが、それも読者に誤解を与える表現であり、大きな間違いです。なぜなら、「エホバ」という発音は、誤った読みであることが明らかになっているからです。
元々、ヘブル語の文字の表記には「母音」が存在しなかったため、旧約聖書本文の正確な発音と意味を後代へ伝えるために、マソラ学者たちは「ニクダー」という呼ばれる母音の振り仮名を考案し、本文に付すようになりました。
しかし、すでにユダヤ人の間では神の御名を発音しない習慣が定着しており、代わりに「アドナイ」(我が主)という表現を用いていたために、マソラ学者たちは、御名の正確な発音を示す振り仮名ではなく、「アドナイ」と読ませるためのニクダーを付したのです。
しかし、このような背景を理解していなかった後代の学者が、「アドナイ」と読ませるための振り仮名を、神の御名「YHWH」の母音符号だと勘違いをして適用したために、「エホバ」という誤った発音が生まれ、16世紀以降に導入され始めたのです。(「アドナイ」の母音を、「YHWH」にそのまま適用すると、「エホバ」となる)
つまり、「エホバ」という御名の発音は、基本的には間違いであり、学者たちが考える正確な発音の候補からは、完全に除外されているのです。残念ながら、ものみの塔協会は、「エホバ」という御名の発音を用いることを過度に正当化しようとするあまり、「エホバ」という御名の発音が誤解から生じた間違いであることを隠し、あたかも学者の間で意見の一致があまり無いかのような印象を読者に与えようとしているのです。
もっとも、「エホバ」という表現が長きに渡って馴染まれてきたのは事実であり、その表現を用いている聖書は今も存在します*[3]。しかしものみの塔の場合、主張の正当化のために、事実と異なる説明をしているところに問題があるのです。
※なお、本記事の以降の文章においては、文脈によって、「エホバ」と「ヤハウェ」の両方の表記を用います。
告げ知らせるべき御名は「エホバ」か?
キリストの証人―神の民の新しい名
「あなた方はわたしの証人である」と,エホバはお告げになる,「すなわち,わたしが選んだわたしの僕である。」(イザヤ43:10)
エホバの証人は、この聖句を根拠にその名称を採択していますが、注目すべき点は、この言葉があくまで旧約時代のイスラエル人に語られた言葉であり、新約時代の神の民には、新しい名が与えられている、という事実です。
キリストの十字架~復活によって、神の計画が前進し、モーセの律法が破棄され、新しい時代が始まったことは、エホバの証人も認めている事実です。そして、その漸進的な啓示によって、ペンテコステの日以降、神の民には次のような新しい名が与えられているのです。
「しかし,聖霊があなた方の上に到来するときにあなた方は力を受け,エルサレムでも,ユダヤとサマリアの全土でも,また地の最も遠い所にまで,わたしの証人となるでしょう」(使徒1:8)
イエスは、聖霊の傾注によって、弟子たちが「私の証人」となる、と予告されました。つまり、全世界において「イエス・キリストの証人」となることが、クリスチャンに与えられた使命となったのです。
旧約時代のイスラエルは、「エホバの名」を呼び求め、その御名を賛美や信仰の中心とし、「エホバ」を証しする民でした。それが、新約時代へ移行してからは、「イエスの名」を呼び求め、その御名を賛美や信仰の中心とし、「イエス・キリスト」を証しする民となったのです。
では、そのことを確かに裏付ける聖書的根拠を確認していきたいと思います。
「キリストの証人」と呼ばれるべき聖書的根拠
真のクリスチャンは、誰の名を呼び求め、誰の名を信仰の中心とし、誰の名によって辱めを受けるべきなのでしょうか?使徒の働きから、その根拠を確認していきます。
「この方こそ,『あなた方建築者たちにより取るに足りないものとして扱われたのに隅の頭となった石』です。12 さらに,ほかのだれにも救いはありません。人々の間に与えられ,わたしたちがそれによって救いを得るべき名は,天の下にほかにないからです」。さらに,ほかのだれにも救いはありません。人々の間に与えられ,わたしたちがそれによって救いを得るべき名は,天の下にほかにないからです」(使徒4:11-12)
救いを得るべき唯一の御名は、「イエス」であるとペテロは証言しています。彼は「エホバ」ではなく、「イエス」だと宣言したのです。
「そのため,これらの者は,彼の名のために辱められるに足る者とされたことを歓びつつ,サンヘドリンの前から出て行った。42 そして彼らは毎日神殿で,また家から家へとたゆみなく教え,キリスト,イエスについての良いたよりを宣明し続けた。」(使徒5:41-42)
当時の時代背景として、「エホバ」という御名を発音することは固く禁じられていましたが、もしもクリスチャンにとって最重要な御名が「エホバ」だったのであれば、彼らは命がけでその御名を発音したはずです。しかし、彼らが命をかけたのは、「エホバの御名」ではなく、「イエスの御名」でした。
また、彼らが宣べ伝えたのは、「キリスト,イエスについての良いたより」でした。
「しかしアナニアは答えた,「主よ,わたしは多くの人からこの男について聞いております。エルサレムにいるあなたの聖なる者たちに対し,害となる事をどれほど多く行なったかということを。14 そしてここでは,あなたのみ名を呼び求める者を皆なわめにかけようとして,祭司長たちから権限を受けているのです」。しかし主は彼に言われた,「行きなさい。わたしにとってこの者は,わたしの名を諸国民に,また王たちやイスラエルの子らに携えて行くための選びの器だからです。16 彼がわたしの名のためにいかに多くの苦しみを受けねばならないかを,わたしは彼にはっきり示すのです」(使徒9:15-16)
エルサレムにいた弟子たちは、「イエスの聖なる者」と呼ばれており、「イエスの御名」を呼び求めていました。「エホバ」という御名によって知られてはいませんでした。
またイエスは、パウロを使徒として召命する目的は、「エホバの名」ではなく、「イエスの御名」を諸国民に伝えるためであり、パウロが「イエスの名」のために苦しみを受けると語りました。
「彼らは言った,「主イエスを信じて頼りなさい。そうすれば救われます。あなたも,あなたの家の者たちも32 そして,ふたりはエホバの言葉を彼に,またその家にいるすべての者に語った。」」(使徒16:31-32)
フィリピで投獄されていたパウロは、看守に対し「エホバを信じて頼りなさい」ではなく、「主イエスを信じて頼りなさい。そうすれば救われます」と告げました。また、「ふたりはエホバの言葉を彼に」とありますが、原文では「エホバ」ではなく、「主」となっており、同じ節で「主イエス」とあることから、「主」はエホバではなく、「主イエス」を指していることが明らかです。
「そして,恐れが彼らすべてに臨み,主イエスの名は大いなるものとされていった。18 また,信者となった者の多くがやって来ては告白をし,自分の行なってきたことをあらわに告げるのであった。19 実際,魔術を行なっていたかなり大勢の者が自分たちの本を持ち寄って,みんなの前で燃やした。そして,それらの値を計算してみると,合わせて銀五万枚になることが分かった。20 このようにして,エホバの言葉は力強く伸張し,また行き渡っていった。」(使徒19:17-20)
エフェソスでのパウロの奇跡と宣教の結果、大いなるものとされたのは、「エホバの名」ではなく、「イエスの名」でした。なお、20節における「エホバの言葉」は、原文では「主の言葉」となっています。そして、ここでの主とは、17節で「主イエスの名」と書かれている文脈上、明らかに「エホバ」ではなく、「主イエス」を指しています。
するとパウロはこう答えた。「あなた方は泣いたりわたしの心を弱めたりして,何をしているのですか。わたしは,縛られることばかりか,主イエスの名のためにエルサレムで死ぬ覚悟さえできているのです」。14 彼がどうしても思いとどまらないので,わたしたちは,「エホバのご意志がなされるように」と言って黙諾した。(使徒21:13-14)
ここでも、パウロが命をかけようとしているのは、「エホバの名」ではなく、「イエスの名」であることが示されています。「エホバの名」が最重要だったのであれば、彼は命がけで「エホバの御名」を発音したはずです。しかし、そうはしませんでした。
なお、14節を見ると、ここでも「エホバのご意志」とありますが、原文は「エホバ」ではなく「主」であり、13節で「主イエス」と語られている文脈上、明らかにエホバではなく「主イエスのご意志」となります。
※このように、新世界訳聖書は「主イエス」を意味する箇所をことごとく「エホバ」に置き換えており、クリスチャンの信仰の中心が「イエス」であることを覆い隠そうとしているのです。
結論
神の御名「YHWH」の正しい発音は「ヤハウェ」「ヤーウェ」であっただろうということが、今日のほとんどの学者の共通の見解であり、「エホバ」は間違いであったことが明らかになっています。したがって、現代最もその御名を重視する組織であるものみの塔協会は、正確な情報を信者に明らかにし、その名称の再考を検討するべきでしょう。
さらに、ペンテコステ以降の時代において、神がその民に与えた新たな名と使命は、「イエス・キリストの証人」でした。そして、紀元一世紀のクリスチャンたちが、その使命を第一とし、イエスの名を呼び求め、その名を証しすることを中心としたことは、使徒の働きを読んでも明らかです。
結論として、真のクリスチャンは、神の漸進的な啓示に従って、「エホバの証人」ではなく、「イエス・キリストの証人」と呼ばれるべきなのです。
なお、この事実は「ヤハウェ」(エホバ)という御名が重要でない、という意味ではありません。「ヤハウェ」という神名は、紛れもなく唯一の神の御名であり、その重要性は永遠に変わることはありません。しかし、キリスト以降の時代において、「ヤハウェ」ではなく、「イエス」を最重要な御名として選んだのは、他でもない神ご自身だということなのです。
加えて覚えておくべき点は、「イエス」という名は、ヘブル語の発音においては「イェシュア」であり、その名には「ヤハウェは救い」という意味があります。つまり、イエスの御名には、「ヤハウェ」が含まれているのです。さらに、「ヤハウェ」とは、実際には三位一体の神の御名であるため、イエスは、ヤハウェご自身でもある方なのです。(マタイ28:19)
こうした点において、「ヤハウェ」と「イエス」を区別し、「ヤハウェ」(エホバ)だけを取り上げ、イエスの御名を除いてしまったものみの塔協会は、大変大きな誤りを犯している、と言わざるを得ないでしょう。願わくば、多くの現役のエホバの証人の方々が、この重大な間違いに気付き、「イエス・キリストの証人」へと変えられますように。
参考資料
- 聖書 新改訳第3版 聖書辞典
- 中澤啓介『エホバというみ名について考える』
- 聖書入門.com「エホバという言葉の由来について教えてください」
- ものみの塔聖書冊子協会
・『論じる』
・『洞察』
脚注
[1] 神の御名を表すテトラグラマトンの頻出回数について、ものみの塔の出版物では、「約七千回」という数字が示されています。聖書研究ソフトを用いて実際の回数を調べると、6521回という数字が出ますので大きな違いはありません。なお、この回数は、単独での「ヤハウェ」だけでなく、「ヤハウェ」を含む合成語も合わせた数字です。
[2] 『論じる』『論じる』91~92頁、『洞察』394~395頁、などを参照。
[3] 英語の聖書では、「American Standard Version」などが挙げられます。