エホバの証人の教え― 教理の歴史的進展とその構造について


エホバの証人の教え― 教理の歴史的進展とその構造について

「聖書は実際に何を教えていますか?」

このポケットサイズの書籍は、人々に聖書の基礎的な知識を教えるために、エホバの証人が世界的に広く用いているものです。かくいう私も、かつてこの書籍を一通り学んで、エホバの証人となったのです。

さて、本のタイトルは「聖書は『実際に』」となっていますが、この「実際に」という表現には、「私たちが聖書の正しい真理を教えている」という自負と、他のキリスト教世界が「聖書の実際の真理を教えていない」という含みがあると言えるでしょう。では、彼らの教えは、本当に聖書の「実際の教え」なのでしょうか?

その答えについて論じるために、このカテゴリーでは、エホバの証人の「教理」に焦点を合わせ、その一つ一つについて、聖書が実際に何と述べているのかを詳しく確認していきたいと思います。

エホバの証人・キリスト教―教理比較表

エホバの証人は、キリスト教とは異なる独特な教理を多く持っています。その中には、他の教団も主張するような教えも少数は含まれているものの、その他のほとんどは、彼らだけが主張する独自の教理です。したがって、このような教理上の特徴は、エホバの証人が間違いなく「異端的」な教団であることを明らかにしています。

以下は、エホバの証人の教えとキリスト教の教えを比較する対照表となります。なお、エホバの証人の各教理の概要については、当サイトの別の記事「エホバの証人とは?」で説明しますので、合わせてご覧下さい。

 

 教理 エホバの証人 プロテスタント カトリック
聖書観 十全霊感説。※ただし聖書理解は、教団のリーダーの権威に完全に依存する。 十全霊感説、部分霊感説、など、教派や教会によって様々な立場がある。 十全霊感説。※カトリック教会の伝統は、聖書を正しく理解するために重要なものとして位置づけられる。
指導者と
組織の権威
ものみの塔協会が唯一の神の組織であり、その指導者である統治体は唯一の経路である。 指導者や組織を神の唯一の経路として考える組織信仰は存在しない。※時々、一部のカルト化した教会で、そのような傾向が見られる場合がある。 カトリック教会は正統的な教会であり、その代表であるローマ法王はペテロの首位権を継承する使徒の頭、キリストの代理人であるとされる。また、法王がカトリック教会を代表して公式に発言する声明には、誤りは無いとされる。※ただし、エホバの証人ほど閉鎖的ではなく、もっと緩やか。
1914年 1914年に異邦人の時が終わり、キリストが王となって臨在を始め、終わりの日が始まった。 教理として存在しない 教理として存在しない
三位一体 三位一体を否定 三位一体を支持 三位一体を支持
霊魂不滅 霊魂不滅の否定 霊魂不滅を支持 霊魂不滅を支持
地獄の存在 地獄を否定 地獄の存在を支持 地獄の存在を支持。煉獄の存在も支持。
マリアについて マリアは崇拝の対象ではなく、原罪もあった。 マリアは崇拝の対象ではなく、原罪もあった。 マリアは崇拝の対象ではなく、すべての人の母として特別の存在。救い主イエスの母であることから、神の母とも呼ばれる。マリアは、イエスと人間との間を仲介し、霊的な助けを与えてくれる存在として信じられている。無原罪だったとされる。
天国 選ばれた144000人だけが行く 全ての信者が行く 全ての信者が行く
144000人 背教前の一世紀のクリスチャン*[1]とエホバの証人の油注がれた者たちを合わせた合計数が144000人になる。 144000人のユダヤ人だと理解する立場と、教会全体を表す象徴的な数字と理解する立場がある。(教派による) はっきりとした見解はない。
神の子ども 144000人以外は、ハルマゲドンと千年王国を生き延び、その後の最後の試みを通過した後で、神の子になる。 イエスを信じた時点で、誰でも神の子どもになる。 イエスを信じた時点で、誰でも神の子どもになる。
救いの条件 キリストを信じ、エホバの証人を神の霊に導かれる唯一の組織として認め、その組織に留まらなければ救われない。 キリストを救い主として信じた時に誰でも救われる。 キリストを救い主として信じた時に誰でも救われる。
誕生日 祝わない 祝う 祝う
輸血 輸血拒否 輸血する 輸血する
良心的兵役拒否 絶対的平和主義。戦争の完全放棄 教派や個人によって様々な立場がある。 かつては自衛の戦争が肯定されていたが、現在の流れとしては、自衛の戦争に対しても否定的な見方になってきている。
同性愛 否定。同性愛を罪だと理解する。 教派によって否定派と肯定派に分かれる。福音派のほとんどの教会は否定。リベラルな教会では肯定派も存在する。 否定。公式的には、同性愛は罪だとされるが、踏み込んで理解する人々もいる。
キリストの再臨と
千年王国
千年期前再臨説:キリストは大患難の最後に目には見えない姿で来る。千年は文字通りの千年と理解する。 千年期前再臨説か、無千年王国説に分かれる。千年期前再臨説の場合は、千年を字義通りに理解する場合が多く、無先年千年王国説では、千年を字義通りには理解しない。 千年期前再臨説:千年が字義通りの千年かどうかについては、明確な定義づけはない。
携挙 患難後携挙説:携挙によって表されるような現象が起こることは信じるが、携挙という神学用語は用いず、その概念はあまり明確ではない。 千年期前再臨説の場合は携挙を信じ、無先年王国説の場合は携挙を信じない・あるいは強調しない場合が多い。携挙を信じる立場では、患難前、患難中、患難後、の説に分かれる。 携挙によって表されるような現象が起こることは信じるが、携挙という神学用語は用いず、その概念はあまり明確ではない。
イスラエル理解 置換神学:旧約時代のイスラエルは、新約時代の教会(霊的イスラエル)に置き換えられた、と理解する。 置換神学か、非置換神学に分かれる。契約神学という神学体系においては、置換神学が採用され、イスラエルは教会に置き換えられたと理解される。それに対し、ディスペンセーショナリズムにおいては、神はイスラエルとの民族的な契約を破棄していない、と理解される。 ※確認中です

組織と教理の歴史的進展

エホバの証人は、現行の教理を、その最初期から全て教えてきたわけではありません。実際に、歴史的に多くの教理上の進展*[2]や修正を行ってきました。ここでは、その教理に関する歴史について、概観をしていきたいと思います。
※以下の年表で、『神の王国は支配している』より引用・参照する場合は、ページ数のみを記載します。

組織の歴史的進展をまとめた動画|エホバの証人―信仰を実践する人々 第一部 by JW.ORG

組織の歴史的進展をまとめた動画
エホバの証人―信仰を実践する人々 第一部「闇から光へ」 by JW.ORG

1800年代半ば チャール・テイズ・ラッセルに影響を与えた人々
ヘンリー・グルー、ジョージ・ステットソン、ジョージ・ストーズは、人間の魂は不滅であるという教理を精査し、その偽りを暴いた。(14、28頁)

1868-1869年 ラッセルはキリスト教世界の教えを偽りと理解するようになる
これら三人の教えの影響を強く受けたチャールズ・T・ラッセルは、キリスト教世界の諸教会の教理を注意深く調べ始め、聖書が誤って解釈されていると理解する。(14、28頁)

1870年 聖書研究グループの発足
ラッセルは、ペンシルバニア州で聖書研究のグループを作り、仲間たちと聖書の系統的な研究を始める。(14,28頁)

1876年 ラッセルは1914年のハルマゲドンを予言する
『バイブル・イグザミナ』誌に掲載されたラッセルの記事は、1914年には異邦人の時が終わることを示す(28頁)。なお、ラッセルがふれ告げた「異邦人の時の終わり」が一貫して意味していたのは、異邦人諸国家がハルマゲドンの戦いによって滅ぼされる、というものだった。(『千年王国』1974年、184頁)

1877年 ラッセルは1874年がキリストの臨在の開始であることを示す
ラッセルは、1874年の秋からキリストの目には見えない臨在*[3]が始まったという見解を示す。(『ふれ告げる』47項)

同1877年 ラッセルは三位一体が偽りであることを示す
1877年の『シオンのものみの塔』誌の記事で、ラッセル次のように語った。「三位一体の神という概念,すなわち3つの神が1つであると同時に、1つの神が3つのうちにあるという概念が、重要な教えとなり、広く受け入れられるようになったのは驚きである」「この事実からして,敵が誤りという鎖で教会を縛りつけていた間に教会が深く眠り込んでいたことは明らかである」(14-15頁)

1879年 「シオンのものみの塔およびキリストの臨在の告知者」誌が創刊される。
現代にまで欠かさず発行され続けてきた「ものみの塔誌」が創刊される。雑誌の中では「キリスト教世界のすべての教会」が現代の「バビロン」に含まれるという見解が徐々に示される。(16項)

1896年 ラッセルは、地獄の教理に反論する
ラッセルは、「聖書は地獄について何と述べているか?」(英語)という小冊子を発行する。(28頁)

1914年 10月 ハルマゲドンの予言が外れる
ラッセルは1914年に起こる出来事について、(1)異邦人の時が終わることにより異邦人諸国家が滅ぼされる、(2)忠実な者たちが天に挙げられる、(3)40年の収穫の時が終わる、と予言していたが、それらのどの予言も基本的には外れた。*[4]

1918年 「教会は滅ぼされハルマゲドンが来る」とする予言が外れる
1917年に出版されたラザフォードの著作『終了した秘義』では、キリスト世界に対する厳しい警告が示されると共に、「1918年には教会は滅ぼされ、何百万人もの教会員は死ぬ」(485頁)と予言されたが、成就しなかった。

組織の歴史的進展をまとめた動画|エホバの証人―信仰を実践する人々 第二部「光を輝かせる」 by JW.ORG

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エホバの証人―信仰を実践する人々 第二部「光を輝かせる」 by JW.ORG

1925年 「昔の忠実な預言者が復活する」という予言が外れる
1920年の“Millions Now Living Will Never Die”(「現存する万民は決して死することなし」)という小冊子を通して、ラザフォードは次のような二度目の予言をしたが成就しなかった。「1925年には,アブラハム,イサク,ヤコブや昔の忠実な預言者たちが[死者の中から]……人間としての完全な状態に戻って来ることを確信をもって期待できる」(『ふれ告げる』78頁)

1927年 クリスマスが廃止される
「『黄金時代』(英語)1927年12月14日号の『クリスマスの起源』という記事は,クリスマスが異教の祝いであり,快楽に重きを置き,偶像崇拝を伴うことを指摘した。「キリストはクリスマスを祝うよう命じなかった」「世も,肉の傾向も,悪魔も,それが今後も祝われ続けることを望んでいる。この事実は,エホバへの奉仕に全く身をささげている人たちがその祝いを退けるべき決定的な理由となる。」(101頁)

1928年 十字架が好ましくないものであることが示される
「統治体の成員として奉仕したグラント・スーター兄弟は,1928年、米国ミシガン州デトロイトで開かれた大会を思い出し,こう語りました。『その大会で,十字架と冠の表象は不必要なばかりか好ましくないことが示されました」。続く数年間に,さらに多くの啓発が与えられました。霊的に清い崇拝に十字架が全く似つかわしくないことは明らかでした。』(104頁)

1931年7月 「エホバの証人」という名称が採択される
ラザフォードは、米国オハイオ州コロンバスの大会で、イザヤ40章10節に基づき、「エホバの証人」という名称が採択した。(63項)※それまでの名称は「聖書研究者」でした。

1935年5月31日 ラザフォードは、大群衆が地上で永遠に生きると決める
米国ワシントンDCの大会にて、啓示7章にある「大いなる群衆」つまり「大群衆」は、地上で永遠に生きる見込みを持つ人々で構成される、ということが明らかにされた。この時からエホバの証人の間では、天的な見込みを持つ人々と、地的な希望を持つ人々が分けて論じられるようになった。(53項)

1939年 世に対する中立の立場が示される
ものみの塔誌は中立に関する詳しい記事を掲載し、クリスチャンはサタンの世の諸国家の戦争や紛争に一切かかわらない、ということがはっきりと示された。(56項)

1941年 「第二次世界大戦はハルマゲドンへ発展する」と予言されるが外れる
ラザフォードは、雑誌や書籍を通し、第二次世界大戦がハルマゲドンの戦いへ発展すること、ドイツがハルマゲドンで滅ぼされること、などを予言した。(『慰め』1941年10月29日号、11頁;『啓示の書』1988年、246頁)※ラザフォードが外した予言の数は、合計三回となり、歴代の会長の中で最も多い。

1943年 キリストの臨在の開始が、1874年から1914年に修正される
1943年に出版された「真理はあなたがたを自由にする」と題する書籍の中で、誤った年代計算を修正した結果、キリストの臨在の開始を1874年とする考えは間違いであり、1914年が正しい年代であったことが示される*[5]。(『千年王国』208頁)

1948年 輸血が神の律法に従わない行為であることが示される
1948年10月22日号の『目ざめよ!』誌で、「輸血は、神の律法に従わないという危険に加え、健康の危機をも含んでいる」と述べられた。続いて1951年5月22日号の『目ざめよ!』誌では、輸血が永遠の命を受けるチャンスを失う行為であることが示され、1961年には排斥処分の対象となることが明らかにされた*[6]

1950年 新世界訳の新約聖書が完成する
「クリスチャン・ギリシャ語聖書 新世界訳」が発表される。(拡大する神権政治大会)

1960年3月13日 新世界訳の聖書全巻が完成する
英国マンチェスターの大会で、新世界訳聖書の全巻が完成したと発表される。以降、全てのエホバの証人の信者は、この聖書を用いるようになる。

1975年 「至福千年期が来る」という予言が外れる
ものみの塔協会は、1975年が、アダムの創造から丁度六千年が経つ年であると計算した。その結果、人類誕生から七千年期に入る1975年には、間違いなく「至福千年期が来る」(キリストの千年王国のこと)と予言された。組織の勧めにしたがって、家や資産を売ったり、子供を持つのを諦めたりする人も多かったが、1975年が過ぎても、何も起きなかった。この年代の予言の失敗は、今でもエホバの証人の間では比較的有名な話となっている。

1982年~1995年 「1914年の世代が終わる前に創造者の約束が実現する」という予言を撤回する
1982年4月8日号~1995年10月22日号の毎月の『目ざめよ!』誌の4ページには、本誌が発行される目的として、「本誌は,1914年の出来事を見た世代が過ぎ去る前に平和で安全な新しい世をもたらすという,創造者の約束に対する確信を強めます。」と記載されていた。しかし、その世代が過ぎ行くのに終わりが来ないのを見てとった組織は、1995年10月22号を最後に、「1914年」という言葉を抜き取り、その予言をさりげなく訂正した。今日、その世代は既に過ぎ去ったが、未だに創造者の約束は果たされていない。

以上が、エホバの証人の教理の進展の歴史となります。細かい点を挙げればまだまだありますが、取り上げるべき重要な教理については、おおよそ上記の流れで網羅されています。このように概観してみると、現代のエホバの証人の主要な教理のほとんどは、1950年代までに築き上げられたと言えるでしょう。

教理の構造

エホバの証人の教理の進展を確認してきたところで、次にそれらの教理の構造について考えてみたいと思います。

エホバの証人が「真理」だと主張する教えの中で、最も重要なものは「三位一体の否定」と「霊魂不滅・地獄の否定」「1914年に関する教理」です。これら三つの教えは、他の全ての教理の正当性を成り立たせる土台のような役割を担っており、それゆえにものみの塔協会にとって最重要な教えとなっています。

三位一体、霊魂不滅・地獄

ものみの塔の創始者チャール・テイズ・ラッセルは、その活動の初期の頃から、キリスト教の正統教理である「三位一体」や「地獄の存在」を否定し、それらを偽りの教えだとして糾弾してきました。そして、以上の背景に基づき、協会は次の点を主張しています。

  • 偽りを教えているキリスト教は、啓示17・18章に登場する「大いなるバビロン」(大バビロン)であり、エホバから滅ぼされる運命にある。それゆえ、全てのキリスト教信者は、救われるために、そこから速やかに出なければならない。
  • エホバの証人の統治体は、偽りを暴き、真理を再発見したゆえに*[7]、キリストから「忠実で思慮深い奴隷」として任命を受けた。(マタイ24章)以来、キリストは、ものみの塔協会を通して、地上の業を推し進めている。

ですから、このようなエホバの証人の論理によれば、もしも三位一体や霊魂不滅の教えが実際には正しい聖書の教えだとすれば、偽りを広めているのはエホバの証人の側だということになり、エホバから滅ぼされるのはキリスト教世界ではなく、ものみの塔協会の方だということになるのです。

ですから、これら二つの教理は、ものみの塔協会にとって、決して譲れない重要な教えです。これら二つの教理の内、そのどちらか一方でも聖書的に正しいと認めるようなことがあれば、すぐさま組織の土台は崩れ去るからです。

1914年からキリストの臨在が始まる

ここ数十年における「1914年」に関するエホバの証人の教えを要約すれば、次の通りです。

異邦人の時の終わりである1914年は(ルカ21:24)、イエス・キリストが神の王国の王となった時であり(啓示12:10)、目には見えない「臨在」(マタイ24章)を開始した年である。またラッセルは、その40年前から、1914年が異邦人の時の終わりとなることを予言し、それを的中させた。そして王となったキリストは、世界中の宗教を検分し(マラキ3:1~4)、1919年に、その中からエホバの証人の「統治体」を「忠実で思慮深い奴隷」として正式に任命した。(マタイ24:45)

では、もしも1914年が異邦人の時の終わりでも、キリストの臨在が始まった年でも無いことが明らかになった場合、それがエホバの証人にとって何を意味するのか考えてみましょう。まず、基本的な点として、エホバの証人は「1914年から終わりの日が始まった」ということを前提に、あまりにも多くの教えを繰り返し宣言してきたために、もはや後戻りできない状態になっています。

そして、もしも1914年説が誤りであるとすれば、初代会長のラッセルの語った予言は、いかなる意味においても外れたことになってしまいます。最後に、1914年からキリストが臨在を開始していないのであれば、「1914年~1918年までキリストがキリスト教を検分しに来た」という説明も崩壊し、その結果として1919年に生じたとされる「忠実で思慮深い奴隷の任命」も誤りだったことになります。

つまり、組織のリーダーは、その正当性を示す根拠を失うのです。

その他の教理

エホバの証人にとって、その他にも重要な教理はあります。たとえば、十字架・クリスマスの廃止、輸血禁止、144000人の油注がれた兄弟たち、地上の楽園で永遠の生きる「他の羊」、世の政治や戦争に対する中立、などです。これらについては、エホバの証人が歴史的に「キリスト教世界の偽りからいかに清められてきたか」を説明する文脈で語られますので、後戻りすることができない性質のものであり、やはり重要な教えだと言えます。

とはいえ、それらの内のある教えが揺るがされたとしても、それは信者がエホバの証人の誤りに気付くきっかけにはなるとしても、その教団の教理構造の土台を直接揺るがすものとはなりません。なぜなら、仮に「輸血拒否」の教えが誤りであることが発覚しても、「三位一体や地獄の否定についてはエホバの証人が正しい」という理解が信者の内に残れば、全体として見た時に、結局は「キリスト教世界よりもエホバの証人の方が正しい」となるからです。

教理の説明に入る前に、最後に確認をしておきたいのは、「聖書解釈のルール」です。この点は、次の記事にて、説明をしたいと思います。

解釈学―聖書解釈における共通のルールを確認する

 

脚注

[1] エホバの証人は、144000人に関する教理を正当化するために、教会は二世紀以降背教したと教えています。なぜなら、二世紀以降に油注がれた者の数が激減していないと、明らかに144000人という数字がオーバーしてしまうからです。しかしこれは協会によるプロパガンダであり、事実ではありません。二世紀以降は、あくまで背教との戦いが始まった時期であり、教会全体が背教したわけではないのです。

[2] 「進展」とは、あくまでエホバの証人にとっての「進展」を意味します。ものみの塔協会は、組織は教理上の精錬によって「前進してきた」と繰り返し主張しますが、非常に主観的な説明であると言えます。実際には、教団が「進展」と考えているあらゆる教理は、聖書的には「後退」を意味するからです。

[3] キリストの臨在とは、目には見えない姿でキリストが支配をしている状態を意味します。ものみの塔が頻繁に用いる独特な教理と表現です。

[4] 後に協会は、ラッセルの予言の文脈を無視し、「異邦人の時の終了」のみを強調して、あたかもラッセルが1914年に関する予言を的中させたかのような表現を繰り返し用いています。

「1914年・・10月,C・T・ラッセルはベテル家族に,「異邦人の時は終わりました。その王たちの日は過ぎ去ったのです」と発表した。その場にいた一人の姉妹によれば,ラッセルは「次に何が起きるかは分かりません」とも述べた」(『ふれ告げる』28頁)

[5] ほとんどの信者は、キリストの臨在1914年開始説が、1914年当時から教えられてきたものだと信じ込んでいますが、それは組織の情報操作による誤解であり、事実ではありません。実際のところ、どんなに早くても、それが教えられ始めたのは、1914年から30年も経過した1943年以降だったことがわかります。

[6] 『ものみの塔』1961年5月1日号。

[7] エホバの証人は、ラッセルの時代に真理は再発見されたと主張しますが、彼らが「再発見した真理」だとしている教え―三位一体の否定や霊魂不滅の否定などは、歴史的に他にも数々の人々が提唱してきたものです。

 


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