元エホバの証人・管理人の体験|聖書の真理を求め続けて


目次

聖書との出会い~エホバの証人になるまでの証

楽しく生きることしか考えなかった若い頃

わたしは東京出身で、家族全員がノンクリスチャンの家庭で育ちました。中学生までは勉強をちゃんとやっていましたが、高校生になる前から友達と遊んでいる方が楽しくなり、それ以降の時期は、いかに楽しい人生を送るか、ということしか考えなくなっていきました。

そんな遊んでばかりの生活が続く高校生活でしたが、自分の中では何か熱い気持ちで打ち込めるものを探していました。そしてある時、夢中になれるスポーツに出会い、その後数年間にわたって、ひたすらそれに没頭する生活が始まりました。

高校卒業後は、更に腕を磨くために長期で海外へ行き、大好きなスポーツをしながら仲間と過ごす充実した日々を過ごしました。帰国してからも同じような日々が続き、週に三日ほど飲食店でアルバイトをしながら、残りの日々はそれに打ち込む生活を続けました。

スポーツには真剣に取り組んでいましたが、一方で友人とお酒を飲んだりパーティーに行ったりするのも大好きで、とにかく人生を謳歌し楽しく生きることが全てだという感じで生きていました。

運命を変えた女性との出会い

その頃アルバイト先で、お客さんとして食事に来ていたある女性に惹かれました。そして、当時無駄にポジティブだった私は、その女性の連絡先を聞き、毎日電話をかけるようになりました。私の積極的なアプローチが良かったのか、やがてその女性と付き合うようになり、交際の中で、徐々に互いに惹かれていくのがわかりました。

私はそれまで、女性との付き合いの中で、本気で好きになるという経験がありませんでした。しかし私は、その女性との交際を通して、人を愛するということが素晴らしいことなのだと気付き、むしろそれこそが人生で最も大事なことなのだと理解するようになりました。

それまでの私の価値観と言えば、いかに成功してたくさん遊んで人生を謳歌するか、という感じでしたが、「愛する」ことを知るようになってからは、その価値観が真逆に変化したのです!

彼女の家族はエホバの証人だった

やがて私は、その女性の家族と会うようにもなりましたが、彼女の家族はとても親切にもてなしてくれる良い人たちでした。そしてそこで、彼女の家族が、エホバの証人であることを知ったのです。

彼女の家族は私と会う度に、エホバの証人が発行する雑誌や書籍を持ってきて渡してきました。その当時の私は、「宗教をやる人は弱い人だ」というくらいの感覚しかありませんでしたが、それでも偏見は無かったので、渡された冊子や書籍には目を通してみました。

そして、それらの出版物を読んでいく内に、価値観が変化した当時の私の心に、愛を基盤とした聖書の教えがとてもよく調和することがわかりました。

エホバの証人が未信者への研究用に用いている「聖書は実際に何を教えていますか」という本があります。当時、飼っていたペットが死んだ時に、その本の中で命の尊さを説明した文章を読んで、とても慰められたのを、覚えています。

またある時私は、「パープルトライアングル」というDVDを見ました。ナチス政権のドイツで、ヒトラーに忠誠を誓わなかったために投獄されたエホバの証人たちを描いたドキュメンタリー映画でした。投獄された多くの人々は、獄中で殺されるか、苦役を何年間も強いられましたが、ユダヤ人とは異なり、彼らの場合は、信仰を妥協することを承諾するサインさえすれば、解放されるという条件が提示されました。ところが、獄中の多くのエホバの証人たちは、信仰を妥協することはありませんでした。その映画を見て、私は彼らの信仰に、深い感銘を受けたことを今でも覚えています。

毎週の聖書研究が始まる

エホバの証人は、聖書に関心がある人に向けて、積極的に一対一の聖書研究を提案します。私が徐々に関心を持ちはじめ、集会にも参加するようになったので、すぐに地元の長老から聖書研究の提案があり、毎週の研究が始まりました。

現在のエホバの証人の聖書研究では、「聖書は実際に何を教えていますか」という本が用いられます。 本は、1~19章まであり、一回あたり半章くらいを扱うことが理想なラインとなっており、毎週の研究の前には、予習をしておくことが推奨されています。

そして、その本の学びが終わるくらいには、エホバの証人のクリスチャンとして知っておくべき、聖書の重要な教理が一通り理解できるようになっています。研究をリードする人は、「司会者」と呼ばれ、受ける人は「研究生」と呼ばれます。

私は、毎週の集会や研究を心から楽しみにしており、予習も欠かしませんでした。自分で言うのもなんですが、結構素直なタイプだったようで、教えの内容に対して特に懐疑的になることもなく、どんどん聖書の知識を吸収していきました。

創造者なる神に対する信仰を持つ

彼女の家族からもらっていた本の中で、「生命―進化か創造か」という青色の表紙の本がありました。本の中身は、進化論と創造論を詳しく比較しつつ、創造論の正しさを論じており、それと合わせて、聖書がいかに創造者の言葉として信頼できるのかを説明する内容となっていました。

(後になった気付いたことは、この本には多数の誤った引用がありました。ただ、当時の私に神への信仰を持たせるという点においては、この本は有益だったようです。)

私はその本を読んで、この世界に創造者である神が実在していること、またその創造者は、聖書を通して、私たちに御心を啓示しているということを確信しました。またその確信は、私の内側に、創造者である神に対する確かな信仰を与え、次のような思いと考えへと私を導きました。

神が私を創造したのなら、神が創造してくれなければ、私ははじめから存在しなかったことになる。私の全存在は、神に依存している。それならば、神に造られた者として、その創造された目的に従って生きるのは自然なことであり、当然のことだ

私にとって、神に従い、神と共に歩むのに必要な動機として、他の理由は必要ありませんでした。ただ、「神が私を創造した」という真理が、私の心を動かしたのです。

それから先は、聖書に書いてあることは全て、素直に受け入れていくことができるようになりました。そして、聖書の教えの学びの第五章では、神の御子イエスが、私たちの罪のために死に、その貴重な贖いを備えてくれたことを知りました。神は、私たちを創造しただけでなく、ご自身の独り子の命さえ惜しまずに捧げて下さったのです。私は、そのようにして示された神の愛を、素直に受け取ることができました。

彼女の復帰までの道のりと結婚

私が研究を進めていく一方、彼女の方も、エホバの証人として歩みたいと願うようになりました。そして、私と共に集会に参加をし、彼女は彼女で、エホバの証人の姉妹の司会者と、毎週の研究を進めていくようになりました。

しかし、彼女は当時、生活上の大きな問題に直面しており、色々な悩みを抱えていました。またその時期は、私の仕事もあまり上手くいってはおらず、経済的には全く安定していませんでした。

そんな不安定な状態ではありましたが、エホバの証人として神に献身をして、積極的に伝道に携わっていく、という二人の思いは徐々に一致するようになり、私は彼女にプロポーズをし、私たちは結婚をしました。

神権宣教学校への入校と戸別伝道の開始

研究が進み、定期的に集会にも出席するようになると、私は「神権宣教学校への入校」という次の段階に進みました。この学校は、エホバの証人が組織の中で設けている弟子訓練の学校であり、バプテスマを受ける前から、全ての人が入校するようになります。また、それと同じくらいのタイミングで、研究生は、司会者と一緒に、公式の伝道活動にも参加するように招かれます。

エホバの証人の伝道活動には、「公式」と「非公式」という分類があります。公式の伝道とは、家から家への戸別伝道や、駅前やビジネス街で行う街路伝道のことです。それ以外の場で行う伝道―例えば家族や友人に証言する時などは、全て非公式の伝道活動に分類されます。

神権宣教学校への入校後、私も司会者と一緒に、公式の伝道活動に参加し始めました。突然知らない人の家に行って、出て来る人と話すわけですから、最初はとても緊張しました。それでも、繰返し行っていくうちに慣れくるもので、戸別伝道は私にとって楽しい伝道活動の一つになっていきました。

時々、出て来る家の人から罵倒されるような時もありましたが、自分の中で「神のご意志を行っている」という認識と満足感があったので、それによって気持ちが落ち込んだりすることはありませんでした。

熱く語り過ぎた!友人への伝道

これは、エホバの証人だけでなく、クリスチャンになったばかりの多くの人が経験しやすいことですが、神への信仰を持ち始めると、ついつい人に伝えるのが嬉しくなり、バケツで水を浴びせるような雰囲気で、一方的に語り過ぎてしまうことがあります。

私の場合も、漏れなくそれをやってしまい、高校時代の友人のT君を家に呼んだ時、相手が会話にあまり乗り気でないのにもかかわらず、「イエスがT君の罪のために死んでくれたんだよ!もしもこの世界に、T君しかいなかったとしても、イエスは君のためにその命を捧げてくれたはずだよ!」と、夜遅くまで熱弁していました。

結局、その友人とは、その後連絡があまり取れなくなってしまいました。ちょっと言い過ぎた感もありましたが、いずれその友人が、神様に心を向ける時が来ると期待しています。いづれにしても、私はその時すでに、神がキリストの贖いによって、どれほどの愛を示してくれたのかを、確かに理解していたのです。

バプテスマ~エホバの証人としての生活が始まる

バプテスマを受けてエホバの証人となる

順調に聖書研究や伝道を続けていった私は、バプテスマを受ける決意をしました。エホバの証人では、バプテスマ希望者に対しては、事前に地元の長老たちとの間で面接が行われ、教理への理解、信仰の確認、普段の生活態度に悔い改めが見られるかどうか、などが確認されます。

これらの確認を経た上で、私はある年の夏の大会でバプテスマを受けました。エホバの証人のバプテスマは全て全浸礼で、父と子と聖霊との名によって授けられます。しかし、実際にはこのバプテスマは、正統派のキリスト教で行われるバプテスマとは、二つの点で大きく異なります。

第一に、「父・子・聖霊」の名が何を意味するのかについて、三位一体の神を信じるキリスト教とは大きく異なります。エホバの証人は、イエスが神ではなく、聖霊も人格的存在ではなく、単に神の活動力だと教えるからです。

第二に、バプテスマが行われる直前のメッセージで、二つの簡潔な質問がなされますが、その内容は次の通りです。

(1)あなたは,イエス・キリストの犠牲に基づいて自分の罪を悔い改め,エホバのご意志を行なうため,エホバに献身しましたか。

(2)あなたは,献身してバプテスマを受けることにより,自分が,神の霊に導かれている組織と交わるエホバの証人の一人になることを理解していますか

これらの二つの質問に「はい!」と答えることにより、全てのエホバの証人は、実際には「父と子と聖霊」と「エホバの証人」の「名」において、バプテスマを受けることになるのです!(後で気付いたことですが、このような組織信仰は、実は全く非聖書的なものだったのです)

私は、これら二つの質問に、はっきりとした口調で「はい!」と応答し、バプテスマを受け、正式にエホバの証人の兄弟の一人となりました。

信仰生活の様子―集会について

無事に洗礼を受けて、周りからも祝福され、エホバの証人の兄弟の一人としての信仰生活が始まりました。それまでは、周りから「〇〇さん」と呼ばれていましたが、洗礼を受けると、エホバの証人の間では、◯◯兄弟・姉妹と呼ばれるようになります。

私は新しい人生のスタートラインに立ち、エホバの証人として神に仕えていく熱意に燃えていました。それまでと同じように、私は週に二回、日曜と平日に行われる集会に定期的に参加し、戸別伝道の奉仕も続け、仲間の兄弟姉妹との交わりを楽しみました。

ここでエホバの証人が、どんな集会を定期的に行っているか、簡単に説明をしておきたいと思います。全てのエホバの証人は、週に二回の集会に定期的に参加することが期待されていますが、その内容は以下のようになっています。

※私がバプテスマを受ける数年前までは、週に三回の公式の集会があり、その全てに参加することが奨励されていました。

日曜日の集会|公開講演、ものみの塔研究

集会では、公開講演(30分程度の説教)と、ものみの塔研究(1時間程度の信者向けの聖書研究)、が行われます。前半の公開講演は、伝道向けの内容であり、後半のものみの塔研究は、信者向けの内容となっています。

ものみの塔研究の流れ:全ての信者は、当日行われるものみの塔研究の記事の予習をすることが期待されており、研究記事には記事の内容に関連した多くの質問が用意されています。司会者が質問を読むと、信者が活発に挙手をして、準備してきた内容を注解*します。

※注解とは、用意された質問に対して答える(コメントをする)ことを意味します。

平日の集会|神権宣教学校、奉仕会

現在の平日の集会のプログラムは、私が現役で交わっていた頃のものとはやや異なりますが、ここではまず現役時代の内容をお話します。

平日の集会は、非常に濃い内容となっています。前半の30分くらいは書籍研究の時間です。ここのプログラムでは、時期ごとに、信者の霊的成長のために学んでいく書籍が決まっており、信者は予習をして望み、司会者の質問に対して、活発に答えていきます。

次の約三十分は、神権宣教学校の時間です。最初の十分程度では、「聖書通読の目立った点」というプログラムがあり、毎週組織全体で決まっている聖書通読の範囲の中で、各々が自分の心に響いた箇所を準備し、挙手をして注解をします。

その後は、事前に割り当てられた兄弟と姉妹の合計三組が、聖書朗読、伝道の実演、五分程度の説教、等を行います。当然のことですが、割り当てられた兄弟姉妹は、事前によく準備しておく必要があり、皆の前で実演することで訓練されます。この割り当ては、会衆の人数にもよりますが、大体年に数回程度回ってきます。

後半の約四十分は「奉仕会」と呼ばれ、週によって、様々なプログラムが用意されており、事前の予習が必要な場合も少なくありません。ここでは、組織の運営上の連絡や、その他の弟子訓練的なもの、また資格のある兄弟たちが、トピックに合わせてメッセージを語ったりします。

私は、毎週行われるこれら集会を楽しみにしており、参加の度に注解ができるよう、準備をして望みました。そして、これらの集会のプログラムへの参加は、必然的に多くの聖書の学びを伴うので、聖書の知識や理解はどんどん深まっていきました。今でも、この時に得た知識や理解は、聖書を学んでいく上で助けとなっています。(もちろん、誤っていた理解については捨てました)

ちなみに現在の平日のプログラムの名称は当時とは変わっており、以下のようになっています。

  • 神の言葉の宝=聖書研究に焦点を当てた内容。(神権宣教学校の一部に相当)
  • 野外奉仕に励む=伝道の訓練に焦点を当てた内容(神権宣教学校の一部に相当
  • クリスチャンとして生活する=クリスチャン生活に焦点を当てた内容(奉仕会に相当)

また、集会のプログラムの多くで動画が用いられるようになったことも、目立った変化の一つと言えるでしょう。JWブロードキャスティング

教会のクリスチャンへの伝道訓練

平日の集会の伝道の実演の場では、キリスト教のクリスチャンと会った時の伝道方法についても披露されることがあります。例えば三位一体の教理の矛盾点をどう指摘するか?地獄が無いことの聖書的根拠をどう示すのか、などが実演されるのです。

統治体は、キリスト教を論駁するための情報を、エホバの証人の信者たちの間でしっかりと共有しています。そのため、多くのエホバの証人は、キリスト教のクリスチャンに会った時に、どのような点を指摘し、伝道すべきなのかを、ある程度心得ています。

私自身、戸別伝道をしていく中で、時々キリスト教のクリスチャンと会う時がありましたが、彼らに会うと、積極的に聖書の話に持っていき、キリスト教の教理の論駁を試みることもありました。私は、エホバの証人の方が真理だと信じきっていたので、ちゃんと話し合えば必ず論駁できると思っていたのです。

ただし、教会に通うクリスチャンとはいっても、まともに聖書の話ができる人は、あまり多くありませんでした。また彼らが、逆に聖書を用いて、エホバの証人の教理を論駁することもありませんでした。

残念なことに、ほとんどのキリスト教徒は、頻繁に戸別伝道をしてくるエホバの証人に対して、どのように彼らの教理を論駁できるのかを心得ていません。今後、その方法を心得えて彼らを説得できるクリスチャンが増えることを願ってやみません。

人格面での変化

元々私は、かなり自己中心的な性格でした。周りの人に気遣いをする、というようなことがほとんど無く、常に自分のことばかりを考えて生きてきました。ですので、聖書に出会う前までの人生では、周りの人に迷惑をかけることも多々ありました。

しかし、聖書の教えは、それまでの私の考え方や生き方を根本的に変化させました。神への愛、隣人への愛を中心と据える教えを実践していくにあたり、最初はなれないことも多く、疲れを感じた時期もありましたが、神への信仰が、そのような生き方をするよう、私を大きく助けていきました。

「それで、何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。これが律法であり預言者です。」(マタイ7:12、新改訳)

また聖書の教えは、あらゆる物事に対して、道理に適った見方を持つことができるよう、私を助けました。それまで、筋違いな考えを持つことも多かった私でしたが、神の言葉によって、体の整体ではなく心の整体をされているような感じがして、物事に対する考え方が、徐々に整えられていくのを感じました。

仲間の兄弟・姉妹との交わり

現役時代は、何度か引っ越しをしたこともあり、複数の会衆*[1]との交わりを経験しました。会衆の雰囲気は、地域によってある程度の違いはありますが、そこが人間の集まりである以上、聖書の教えを学んでいても、現実的には色々な問題が起きるものです。

しかし、どこの会衆に行っても、人格的に問題がある人が必ずいる一方、霊的・人格的に素晴らしい兄弟・姉妹も必ずいました。

例えば、ある時私は、体の病気になり、しばらく入院をしなければなりませんでした。その時、私の病気のことを聞いた会衆の成員たちは、積極的に御見舞に来てくれて、退院後も手料理を持ってきてくれたりもしました。兄弟・姉妹たちの暖かい気遣いに、心を動かされたのを覚えています。

順調なことばかりではなく、会衆内で、人間関係に関する大きな問題に直面する時もありました。とはいえ、それは聖書の教えの問題ではなく、あくまでそれを適用する側の人間的な問題であったため、私にとって、信仰生活に躓きを感じさせるようなものとはなりませんでした。

また、このような問題は、カトリックにいこうと、プロテスタントの教会に行こうと、どこでも生じ得るものであり、大事なことは周りの人間を見ることではなく、神との関係を見ることなのだと学びました。

38 死も,生も,み使いも,政府も,今あるものも,来たるべきものも,力も,39 高さも,深さも,またほかのどんな創造物も,わたしたちの主キリスト・イエスにおける神の愛からわたしたちを引き離しえないことを,わたしは確信しているからです。(ローマ8:38-39、新世界訳)

エホバの証人としての伝道活動

エホバの証人の伝道方法

家から家への個別伝道は、エホバの証人のトレードマークとも言えるものです。昔から今でも、この個別伝道は全てのエホバの証人が最も力を入れている伝道方法で、私も積極的に参加しました。

各会衆によって、全体や群れ*[2]ごとに行う曜日や時間帯が決まっており、取り決めの日時になると、毎週公園などに集まって軽く打ち合わせをしてから、二人一組に分かれて、家々を周ります。

地域によって多少の違いはあるものの、たくさんの家を周っても、近年は聖書に関心を示す人に会うことはとても稀です。それでも、時々関心のある人と出会うと、積極的に会話をし、関心が薄れない内に、再訪問をする、ということを繰り返しました。

関心を示す方が見つかり、定期的に聖書を学べるようになると、その人は「研究生」として扱われるようになり、そこから徐々に集会へ誘ったりして、信仰へと導いていきます。私の場合、現役時代に、個別伝道から研究生へ結びついたのは、僅か一名でしたが、人によっては何名もの研究生がいる兄弟・姉妹もいました。

エホバの証人の伝道の意義

消極的な反応が返ってくることが多い伝道活動でしたが、それによって気落ちをする、ということはありませんでした。エホバの証人の伝道活動のモチベーションを高めるのに貢献している聖句とは、マタイ28:19で語られた大宣教命令と、マタイ24:14における終末時代の世界宣教の預言です。

「19それゆえ,行って,すべての国の人々を弟子とし,父と子と聖霊との名において彼らにバプテスマを施し,20 わたしがあなた方に命令した事柄すべてを守り行なうように教えなさい。そして,見よ,わたしは事物の体制の終結の時までいつの日もあなた方と共にいるのです」(マタイ28:19-20、新世界訳)

「14そして,王国のこの良いたよりは,あらゆる国民に対する証しのために,人の住む全地で宣べ伝えられるでしょう。それから終わりが来るのです。」(マタイ24:14)

エホバの証人にとっての伝道活動の意義とは、大宣教命令に基づく使命であり、終わりの日における世界宣教の預言の成就なのです。つまり、自分たちが伝道をすることで、この預言の成就に関わっているのだ、という自負があるわけです!

このような預言の適用は、彼らのモチベーションを高める上で、大きな効果をもたらしていますが、実際には、この聖句の預言を現代のエホバの証人の伝道活動に適用することは完全な間違いなのです*[3]

以上の理由から、たとえどれだけたくさんの人々から消極的な反応を示されたとしても、それを気にしないエホバの証人は少なくありません。結果がどうであれ、神の言葉を伝えること自体に重要な意味があり、それによって神のご意志に従っている、という満足感があるからです。

もっとも、義務的・律法主義的な認識で、喜びをもって伝道活動に携われていないエホバの証人が多くいるのも事実ですが、かつての私や周りの仲間たちがそうであったように、心から行っている成員がいることもまた事実なのです。

私はこのような理解の元、個別伝道以外にも、ノンクリスチャンの友人と会う時はいつも積極的に伝道し、エホバの証人の発行する出版物などを渡すようにしていました。また非公式の伝道では、公園などにも出かけ、そこにいる人々に話かけ、会話をし、伝道用の冊子などを渡しました。

ネット伝道

また私は、聖書に関心の薄い人々に働きかけるよりも、既に関心のあることがわかっている人々に、もっと効果的に伝道する方法を模索しました。その結果、インターネットを用いて伝道をすることを思いついたのです。実は当時から、組織*[4]の中では、インターネットを活用して伝道をすることは勧められていませんでした。なぜなら、ネット上では背教者*[5]が発信している情報がたくさん存在するからです。

しかし私は、エホバの証人の教えが真理なのであれば、そういう情報を過度に危険視する必要は無いと考えました。また、ネット上には聖書に関心を持つ方がたくさんおり、そこでの伝道の効率性が、戸別伝道よりも遥かに高いということは明らかでした。以上の理由から、組織の勧めはあまり気にせずに、インターネットを用いた伝道にも時間を費やしていくようになりました。(今思えば、このような「組織」の命令を絶対化せず、合理的に自分で物事を考えていく思考パターンが、カルト的組織から抜けることになった大きな要因だったのです)

しかし、組織が恐れていた通り、インターネットを用いた伝道は、確かにエホバの証人としての私の信仰に、決定的な影響を与えるものとなったのです。

擁護できない1914年。唯一正統の土台が揺らぎ始める

唯一を主張するエホバの証人の教理の構造

私がどのような点に疑問を持ち、調べていったかについて説明する前に、エホバの証人の教理の構造について、簡単に説明をさせていただきます。

エホバの証人は、自分たちが、終わりの日の現代において、神の霊に導かれる唯一の組織だという自負を持っています。彼らの唯一性を支えているものとは、世界的な伝道活動(236の国や地域)や、エホバの証人が独自で採用している複数の聖書教理であり、代表的なもので言えば、三位一体の否定、地獄・霊魂不滅の否定、144000人と大群衆、そして「1914年」などです。

三位一体や地獄の否定は、他の教派やグループでも主張するところはありますが、144000人や1914年に関する教理は、エホバの証人独特のものです。そして、今挙げたような一連の「真理」を発見したのが、現代においてエホバの証人という組織だけだという理由から、統治体*[6]は唯一正統を主張するのです。

ですから、逆を言えば、これらの教理のどれか一つでも、それが誤りであることが聖書から確かに指摘されれば、エホバの証人の唯一性を支える土台は大きく揺らぐことになるのです。

統治体―忠実で思慮深い奴隷級

また、世界中を指導する十名前後の「統治体」と呼ばれる兄弟たちが、マタイ24章で預言された唯一の「忠実で思慮深い奴隷」(新改訳:賢い僕)だという理解も、エホバの証人を理解する上で重要なポイントです。なぜなら、そのような前提に基づいて、現代の神からの啓示の進展は統治体を通してでなければ与えられない、聖書の正しい読み方は統治体の助けが無ければわからない、と世界中のエホバの証人は教育されているからです。

つまり統治体は、聖書を神の言葉として絶対的な権威と教えつつも、それを解釈する絶対的な権威が統治体にある、とも教えているのです。

「主人が,時に応じてその召使いたちに食物を与えさせるため,彼らの上に任命した,忠実で思慮深い奴隷(賢い僕)はいったいだれでしょうか。46 主人が到着して,そうしているところを見るならば,その奴隷は幸いです。47 あなた方に真実に言いますが,[主人]は彼を任命して自分のすべての持ち物をつかさどらせるでしょう。」(マタイ24:45-47)

ですから、もしも信者の中で、統治体が教える聖書の解釈に異を唱える者がいれば、その人はすぐに危険人物として警戒され、長老たちに呼び出され、信仰の内容が審理されます。そして、最終的にその人が統治体の教えに同意できないことが明らかになれば、長老たちや巡回監督*[7]はその人を「背教者」と断定し、組織から排斥するのです。

ちなみに、マタイ24章における賢い僕の喩え話は、文脈や背景を考慮すれば、単一の宗派のリーダー層を表していると断定できないことは明らかです。しかし、統治体は、自分たちの権威を保持するために、この聖句に歪んだ解釈を適用しているのです。

1914年の教理の誤りに気付く

知恵袋を用いて私が行った伝道とは、聖書に関連する質問に対して、信仰へ導くような回答をする、という方法でした。その中には、聖書自体の教えや信頼性を擁護するものと、エホバの証人の教えを擁護するものが含まれていました。

エホバの証人に対する質問も多々ありましたが、大抵の質問には難なく答えていくことができました。ところが私は、ある教理に対する質問を読んだ時、その答えを調べていく中で、エホバの証人の教理を擁護することができなくなっていきました。その教理とは、「1914年」という年代に関わる教理です。

1914年―キリストが王となり終わりの日が始まった。

エホバの証人は、1914年という年代を重要視しており、その年代に基づいて、次のようなことを理解しています。

1914年、ルカ21章24節で語られた「異邦人の時」が終了し、キリストが天の王として即位し、目に見えない仕方で臨在し始めました。

そして、イエスは王になった後、1914年~1919年までに検分の時を設け、1919年にエホバの証人を指導する少人数の兄弟の一団を、忠実で思慮深い奴隷として任命しました。以後、キリストは、ものみの塔協会のリーダーを通して、地上での業を推し進めています。

※教理の要約です。詳しい解説は、「100年に及ぶ王国支配 ― あなたにどのような影響を与えていますか」をお読み下さい。

BC607年とBC586年。起点のズレとその問題点

1914年の教理は、ツッコミどころが満載の教えです。この教理には、初代会長のチャールズ・テイズ・ラッセルの私的解釈が随所に適用されているのですが、教理の構造でよく批判されるポイントは、1914年という年代を算出する際の起点にあります。

少々ややこしいので、詳しい説明は省きますが、統治体は、その起点をエルサレムが没落した西暦前607年と主張しています。しかし、現在地球上で、その年代が607年だと主張する歴史学者は一人もおらず、大抵の場合は西暦前586~7年だとされているのです。つまり、両者の主張の間には、約20年のズレがあるのです。

前 586年新バビロニアのネブカドネザル2世にエルサレムを攻囲され,降伏後ヘブライ人貴族,軍人らはバビロンへ連れ去られ (→バビロン捕囚 ) ,王国は滅亡。翌年エルサレムは完全に破壊された。[ブリタニカ国際大百科事典 小項目版 2012]

統治体は「1914年から終りの日が始まった」という理解を前提に、その後の数年間でキリストがものみの塔協会*[8]を唯一の組織・経路として任命した経緯を、多くの出版物で繰返し説明してきました。

ですから、もしもエルサレムが陥落した年が実際にはBC586年だとすれば、教理の計算の起点が約20年ずれることになり、異邦人の時の終了・終わりの日の始まりは1914年から1934年にずれることになります。その結果、1919年にキリストが統治体を任命したという組織の教えも崩れ去ることになり、あらゆることを説明し直さなければならなくなるのです。実際にそれは、組織の崩壊へと繋がるものともなり兼ねないのです。

以上に挙げた一連の事実に気付いた私は、その発見をきっかけに、エホバの証人としてそれまで信じていた教理を、全て調べ直す必要性を強く感じました。誤った信仰に基づいて人生を送り、周りの人を惑わすようなことはしたくなかったからです。そして、それからおよそ一年間の間、ネット上の情報や書籍から、必要な限りの情報を入手し、真実を調べる旅が始まったのです。

背教の始まり~正しい聖書理解への旅

統治体による情報統制と背教者への警戒

1914年の問題にぶちあたるまでは、私はエホバの証人が真理を教えていると確信していました。ところが、今その信仰は崩れ始め、「真理とは何か」ということについて、全てを調べ直さなければならなくなったのです。そして、調べていくにあたり、私がまず注意をしなければならなかったのは、妻に気付かれないようにする、ということでした。

一度、エホバの証人として洗礼を受けたら、その組織の一員は、他の教団の出版物に目を通したりしないよう勧められますが、特に背教者の情報は、危険だから断固とした態度で退けるよう注意されます。そのような組織の命令に忠実であることによって、エホバに対する忠誠を示せる、と教えられているわけです。しかし実際には、統治体は、組織の闇の部分を現役の信者に知られたくないために、カルト的に情報をコントロールしていたに過ぎませんでした。

聖書の教えに照らした基本的な背教者の定義とは、一度クリスチャンになった後、その信仰を否定する人を意味しますが、エホバの証人にとっての背教者とは、「組織」から離れる全ての人を意味します。つまり、キリストに対する信仰があっても、組織の権威を否定すれば、その人は背教者となるのです。

そして、一度背教者として見做されるようになれば、周囲は厳重にその人を警戒するようになり、組織から排斥されれば、もはや内部の人間と挨拶をすることすらできません。さらに組織内では、背教的な行動をする人を見かけたら、長老に報告することも義務づけられていました。

私の場合、妻だけでなく、妻の家族も現役のエホバの証人だったため、背教的な情報に目を通していることが妻や周りに知られないよう、極めて慎重に行動をする必要があったのです。そして、一通りの答えが明らかになるまでは、妻にはそのことは隠しておくのが最善だと判断をしたわけです。

良心の危機―元統治体の兄弟による暴露本

覚醒したエホバの証人の多くが真っ先に読む本が、「良心の危機」という本で、元統治体の成員だったレイモンド・フランズという人が書いた、極めて貴重な書籍です。組織のトップでないとわからないような教団内部の情報や経験が詳しく暴露されており、統治体が世界中の信者に対して表向きで語っていることと、裏で語っていることとのギャップが、よくわかる内容となっています。

この本を通して私は、エホバの証人という組織が、歴史的に偽予言を繰り返してきたことや、統治体の兄弟たちの間でも聖書解釈の一致が無いこと*[9]、教理に反する考えを持つ信者を容赦なく排斥する権威主義が存在することを理解し、彼らがイエスに任命された唯一の思慮深い奴隷ではないことを確信しました。ちなみにこの本は、組織の中でも最高ランクに危険な書と位置づけられているので、多少の疑問を感じている人でないと、ほぼ手にとって読む可能性が無い本だと言えます。

ちなみにこの本は、今でもAmazonなどで普通に販売されています。

啓示の書(黙示録)を読み直す

エホバの証人は、1914年に関する理解もさることながら、終わりの日に関する預言を扱った記事を、比較的多く発行します。私は統治体というフィルターを通さずに、純粋に聖書の預言を理解するために、啓示の書(ヨハネの黙示録のこと。新世界訳では書簡名が「啓示」となっている)を手に取り、研究をし始めました。

研究にあたって、最初に私がとった方法は、黙示録に書かれている内容を、接続詞に注意しながら、時系列に並べていくことでした。そして、この最初の段階で、私はすぐに、エホバの証人が提唱してきた黙示録の解釈が、まったくのデタラメであることを確信し、衝撃を覚えました。また、終わりの日に関する真実の理解へ自分が大きく近づいたと感じ、気持ちが大きく高揚したことを覚えています。

啓示の書に関連する終末理解で、彼らが犯している誤りのほとんどは、「1914年」に端を発しています。つまり、終わりの日が「1914年」に始まった以上、ヨハネの黙示録に書いてある一連の患難の出来事も、1914年以降に世界で起こってきた出来事に、強引に適用しなければならなくなったのです。その結果、まだ世界で起こってもいない出来事を、無理やり啓示6章~19章の預言に当てはめようとするので、無理な解釈にならざるを得ないのです。

例えば、黙示録に登場する「二人の証人」は1260日の間、凄まじい権威を帯びて、粗布を来て預言をしますが、統治体は、この二人の証人を、1914年から1918年にかけてキリスト教世界に裁きの音信を告げた自分たちを表す、と解釈しています。

「主の日の初めごろ,神の民の遭遇した辛い経験と,ここで預言されている出来事とが合致する,3年半の顕著な時期がありました。その時期は1914年12月から始まって,1918年6月まで続きました。(啓示 1:10)彼らはキリスト教世界とこの世に関する「粗布」のような音信を宣べ伝えました。」(『啓示の書 ― その壮大な最高潮は近い』p.164)

しかし、二人の証人の役割や、黙示録の流れを考えれば、どう考えてもこれらの証人は、まだ歴史の舞台に登場していないのです!我流の読み方ではありましたが、その時のたった数時間の研究を通して、神は私の目を開き、啓示の書の預言の内容が、なお将来の歴史に関わるものであり、しかもそれが数年間の比較的短い期間を扱っていることを示してくれました。

私は、彼らの聖書理解が、聖霊によって導かれていないことを、その時確信しました!統治体は、1914年という年代と、それに基づく唯一正統の教理にがんじがらめになり、神の言葉を自然に理解することができなくなっているのです。

今日、唯一のキリスト教系の組織はあるのか?

エホバの証人の教理の誤りに気付くまでは、救いは神への信仰からもたらされると信じつつも、終わりの日の現代は、エホバの証人という「組織」に留まらなければならない、と理解していました。しかし、組織の誤りに気付くことで、JWに対する組織信仰は無くなりましたが、次に考えたのは「では現代に神に任命された唯一の組織とはどこだろうか」ということでした。つまり、統治体の誤りに気付いても、救いが特定の組織から来る、という誤った思考パターンは、すぐには抜けなかったのです。

また、エホバの証人としての現役時代に、キリスト教が偽りの宗教であり、黙示録17~18章で神に滅ぼされる大いなるバビロン(大バビロン:新改訳)であることを散々教え込まれてきたので、一般のキリスト教にすぐに目を向けることはありませんでした。

私と同じように、エホバの証人の誤りに気付いた後でも、それまでの教育が脳裏に焼き付いていることから、教会へ行くことに強い抵抗を感じる人は決して少なくはありません。エホバの証人として過ごした時間が長ければ長いほど、その傾向は顕著に現れやすくなるでしょう。

とはいえ、私は聖書を学び直していく中で、永遠の命という救いが、いかなる組織とも関係無く、ただ神への信仰から、個人的に与えられるものだということを、理解していきました。たとえば、私も大好きなイエスの有名な言葉で、次のようなものがあります。

「というのは,神は世を深く愛してご自分の独り子を与え,だれでも彼に信仰を働かせる者が滅ぼされないで,永遠の命を持てるようにされたからです」(ヨハネ3:16)

この聖句では、御子を信じる者が、一人として滅びることがない、と名言されており、永遠のいのちを得ることが、組織とは何の関係もないことがはっきりと示されているのです!

※「救い」関するエホバの証人の教理のもう一つの特徴は「行いによる救い」です。統治体は、イエスを信じてもその人はまだ救われてはおらず、集会の出席・祈り・個人研究・伝道を継続し続けなければハルマゲドンで滅ぼされる危険性がある、と教えます。そのため、エホバの証人の中には、滅びへの恐れを感じながら生活を送っている方々が一定数います。

キリスト教に聖霊が働いている証拠

徐々に正しい聖書理解へ近づくに連れて、それまで否定をしてきたキリスト教に対しても関心を持つようになっていきました。それで、もしも現代のキリスト教が、神が是認している宗教となっているのなら、その中に聖霊が働いている証拠があるはずだ、と考えました。

私は聖霊の働きについて説明をしている幾つかの書籍をネットで購入し、読んでみました。すると、それまでは、三位一体や地獄の教理などの偽りを教える偽の宗教組織、神に裁かれる大いなるバビロンと決めつけてきたキリスト教世界でも、確かに聖霊が働いている証拠があったのです。しかも彼らの証の中には、私がエホバの証人としてそれまでに触れてきた証よりも、もっと顕著な聖霊の働きを示すものもありました。

三位一体や地獄の教理、信者が皆天国へ行くことなど、まだ私の中には確信が持てない教えがありましたが、とにかく私は教会の門を叩いて、実際に礼拝に参加をしてみたい、と思うようになり始めたのです。しかし、エホバの証人でありながら、教会へ行くことは、深刻な背教行為であり、もしも妻にばれたら、大変なことになってしまいます。

しかし、真実を伝えるべき適切な時は、少しずつ近づいていました。

妻への告白~教会へ通い始める

二重生活から妻への背教の告白

妻に内緒で独自の研究を続ける日々は、約一年ほど続きました。すぐに真実を伝えなかった理由は、私自身、エホバの証人の何が誤りで何が真実なのかという点について、先にある程度確信を得ている必要があると感じたからです。無責任に暴露しても、その後の受け皿となる情報を最低限用意していなければ、問題があると考えたわけです。

もう一つの理由として、ふさわしい時を待っていた、というのもあります。妻はエホバの証人としての活動に積極的に参加をしていましたが、そんな妻の心に変化が生じる可能性を考慮し、より伝えやすい時が来るのを待ったのです。

私は、毎週の集会や伝道などの活動には定期的に携わり続けました。しかし、集会での注解や伝道の際には、自分の信仰と矛盾することは一切言わないようにしていました。さらに会衆の集会では、時々意味深な注解をしたりして、覚醒する見込みのある人が、なんとなく気付けるような言葉を発したりもしました。

そして、独自の研究を始めてからおよそ一年が経過した時に、そのタイミングはやってきました。丁度その時、妻にとって躓きとなる問題が会衆内で起きて、組織に対する感情が揺さぶられたのです。私はチャンスだと思い、自分がそれまでに調べてきたこと、そして組織の誤りについて発見した真実を、ある程度一気に伝えました。

最初、妻は驚いており、背教者扱いされそうにもなりましたが、私がそれまでに研究してきた内容を伝えていく内に、理解を示してくれるようになりました。そして、「ずっと黙っていて辛かったんだね。」と暖かい一声をかけてくれました。

もっとも身近な家族である妻に、隠し事をしなくても良くなったことで、私は安堵感を覚えました。そして、同意を得た上で、キリスト教の教会に行ってみたいと伝え、妻はそれをOKしてくれました。

教会を周り始める

晴れて、妻の同意を得て堂々と教会へ行けるようになった私は、気になった教会の礼拝に次々と参加してみました。ネットの検索でホームページを調べたり、書籍を出版している牧師がいる教会へ行ってみることもありました。

私はその時期、おおよそ30くらいの色々な教会の礼拝に参加してみました。神に信仰を持ってから、エホバの証人以外の集まりを経験したことが無かった私は、色々な礼拝に出てみることで、視野を広げたいと思ったのです。

一回行っただけで終わった教会も多かったですが、気になった教会へは何度か足を運び、そこの教会員の方々との交流も楽しみました。

これらの経験を通して、私はたしかに、キリスト教のクリスチャンたちも、エホバの証人と全く同じように、神を愛している人々なのだと知りました。エホバの証人だけが唯一の組織だなどという組織信仰は、もはや私の中からは完全に無くなりました。

教会の門を叩くJW脱退者は少ない

ちなみに、JW(エホバの証人『Jehovah’s Witnesses』の略)脱退者の中で、教会の門を叩くようになる人の割合は決して多くないようです。なぜそうなのか、について、私は二つの理由を推測しています。

一つ目は、そもそもエホバの証人を離れる人の多くが、真理を求め続ける人ではなかった、という点です。そのような人々は、何らかの人間的な問題で組織に躓いたことがきっかけで、疑問を感じるようになり、組織を抜け出るのですが、宗教そのものに幻滅してしまい、それ以上真理を求めることはしないのです。

もう一つの理由は、統治体が、キリスト教世界を偽の宗教組織「バビロン」として、強く糾弾しているからです。このような教えが深く刷り込まれている元JWの多くは、「教会」という選択肢をはじめから排除し、結果として信仰から離れていくのだと思います。

しかし、組織を抜けても、真理を求め続け、教会に通うようになる人も一定数います。そのような人々を、スムーズに真理へ案内できる情報は、今後も求められていくと思いますし、私の証が、その情報の一つになれれば幸いなことです。

私が感じたエホバの証人と教会(キリスト教)の違い

たくさんの教会を見る中で、教会やそこのクリスチャンと、エホバの証人との違いも見えてきました。以下に、私が気付いた点を一通り列挙します。

集会(礼拝)

礼拝の時間は、双方とも同じくらいですが、全体的な傾向として顕著な点は、エホバの証人の集会では学びのボリュームが多いのに対し、プロテスタントの礼拝では賛美の時間が多い、ということです。集会に行く度に学ぶべきことがたくさんある環境に慣れていた私は、学びが少ないプロテスタントの礼拝に、物足りなさを感じることも多かったです。(賛美をたくさんすることが悪い、という意味ではありませんので悪しからず)

もう一つの大きな違いは、エホバの証人の集会が参加型であるのに対し、プロテスタントの礼拝の多くが受動的である、ということです。エホバの証人の全ての集会のプログラムは事前に決まっており、参加にあたっては、毎度予習をすることが勧められています。ほとんどの信者は、前もってプログラムの準備をし、集会中に「注解」をする機会が与えられます。注解をする機会は、週末・平日の両方の集会で豊富にあり、このような参加型形式の集会は、多くの信者に、積極性と喜びを与えています。

一方、プロテスタントの礼拝では、ワーシップをするチーム以外は、聖書の注解やメッセージをする機会を与えられる人間は、牧師や伝道師など極限られた人間だけです。この方法が悪いとは思いませんが、私は個人的には、エホバの証人の参加型の集会の方に魅力を感じました。(これはあくまで一個人の感想であり、また日曜の礼拝に対する印象です。)

集会の雰囲気

エホバの証人の集会に新しい人が参加すると、多くの場合、暖かく歓迎され、好意的に話しかけられます。兄弟・姉妹ともに全員綺麗めな服装をしているので、人によっては堅苦しい感じを受ける場合もあると思いますが、爽やかな雰囲気を持った良心的な人が多いです。逆に、すぐに帰ろうと思っていても、タイミングを逃すと、帰れなくなるほどです。

プロテスタントの教会に行ってみると、場所によって、その場の雰囲気にかなり違いがあります。新しく教会を訪れた人をちゃんと案内し歓迎する教会もあれば、明らかにビジターだとわかっているはずなのに、誰も話しかけてこないような冷え切った教会もありました。

寄付(献金)

エホバの証人の全ての集会では、献金箱が回ってくることはありません。その代わり、全ての王国会館では、目立たない場所に寄付箱が置かれ、寄付したい人が自由にできるようになっています。

一方、プロテスタントの礼拝では、ほとんどの場合、献金箱が回ってきます。自由献金制に慣れていた私は、献金箱が回ってくるこの伝統に、抵抗を感じました。おそらくこの感覚は、自由献金制に慣れたほとんどのエホバの証人にとって、共有できる感覚だと思います。

今はすっかりこの伝統に慣れましたが、自由献金制の方法は、今でも良いやり方だと思っています。

伝道

積極的な伝道活動は、エホバの証人のトレードマークともいえるほどです。エホバの証人の中には、伝道に熱心な人がとても多く、以前に私が在籍していた会衆では、100名ほどの成員に対して、開拓者が30人以上もいました。(開拓者とは、自己申告に基づき、毎月70時間以上を伝道に捧げる人です)

ちなみに、最近のデータによれば、全世界のおよそ800万人のエホバの証人に対して、開拓者の数はなんと約100万人にも及びます。

一方、プロテスタントの教会で、エホバの証人ほど伝道に熱心に取り組んでいる教会は一つもありませんでした。もっとも、中には積極的に伝道の取り組みをしている教会もありましたが、そうではない教会も目立ちました。

ただし、プロテスタントの中には、音楽などの芸術的才能や個人の賜物を活かしたユニークな方法で伝道を行い、良い成果を挙げている教会や個人もたくさんいて、新しい気付きを与えられる経験もしました。エホバの証人の場合は、戸別伝道に力を入れていますが、宗教に対する警戒心の強い最近の日本人に対しては、あまり効果的な方法とはならなくなってきているのが現実です。(もっとも、余っているリソースで続けること自体は良いことだと思います)

夫婦で教会へ~葛藤の始まり

大いなるバビロン・教会への抵抗感

妻は、私の告白によって、エホバの証人の幾つかの重大な誤りには気付いたため、それ以降は、エホバの証人の集会に行くことは無くなりました。しかし、すぐに教会へ通い出すこともありませんでした。

なぜなら、幼い時からキリスト教世界が大バビロンだと教わってきた妻にとって、教会に対しては大きな心理的抵抗があったからです。また、エホバの証人と教会の教理の間に大きな違いがたくさんあるため、そのあたりもかなりネックになっていました。ですので、しばらくは教会の礼拝にも、エホバの証人の集会のどちらにも参加しない日々が続いたのです。

その間妻は、エホバの証人とキリスト教の違いについては、ネットなどで自分で調べるようになりました。そして、その隣では、私が教会に通い続け、教会が主催する奉仕の働きに喜びをもって参加していくのを見る内に、妻も重い腰を上げるようになりました。そして、徐々に一緒に教会へ行くようになったのです。

誕生日を祝う

教会に行きだすと、時おり誕生日のお祝いを見かけるようになりますが、エホバの証人は誕生日を祝いません。その理由は三つあり、一つ目は、聖書中の神の民の間に誕生日を祝う習慣が無いこと、二つ目に、それが異教徒の習慣に基づいたものであること、三つ目に、聖書の中に出てくる二つの誕生日パーティーではどちらも悪いこと、などが挙げられます。

とはいえ、誕生日は宗教に関わらずおめでたい祝い事で、古今東西どの民族も行ってきたものであり、聖書も誕生日を祝うことを明確に禁じているわけではありません。実際に、ヨブ1章にも、ヨブの子どもたちが誕生日を祝っていたことを示唆する聖句があります。

「そして,その息子たちは行って,自分の日に各々の家で宴会を催し,人をやって,その三人の姉妹をも招いて一緒に食べたり飲んだりした。」(ヨブ1:4)

私はかなり早い内から、聖書の中に誕生日を祝うことを禁じている箇所はどこにもない、ということを、妻に小出しにしていました。それを聞いた妻の方も、「確かにそういえば、、」という感じで、はっとしており、誕生日の禁令からは、比較的早く解放され、抵抗なくそれを受け入れることができたのでした。

聖餐式(主の晩餐)での驚き

妻が教会の集会に参加して驚いたのは、聖餐式の時でした。エホバの証人では聖餐式のことを「主の記念式」と呼び、年に一回のユダヤ暦「ニサンの十四日」に合わせて、世界中で行われます。しかし、その場で用意される表象物(パンとぶどう酒)をいただくことができるのは、天に召されるよう選ばれた144,000人だけです。組織の中では、その144,000人に数えられる人はすでに極少数しかいないので、実際にはエホバの証人の主の晩餐の集まりで、パンとぶどう酒に与る*人はほぼいません。もしも日本でそのような人を見れたらかなりラッキーです。

(与る(あずかる)=「いただく」の意味。JW用語の一つ)

この時私はすでに、144000人や主の晩餐の表象物に関わるエホバの証人の教理が誤っていることに気付いていました。そして、聖餐式で回ってくるパンとぶどう酒(実際には葡萄ジュースが多い)に与る私を見た時、妻はびっくりして躊躇したのです。私は、「イエスを信じているなら食べて良いんだよ。」と説明しました。

さすがに妻は、その場ですぐに表象物に与ることはしませんでした。しかしその後、教理の違いを調べていく中で、イエスの贖いが適用される信仰者の全てが、このパンとぶどう酒に与るよう聖書が教えているということに目が開けていき、妻は生まれて初めて、聖餐式での表象物に与るようになったのです。ハレルヤ!

私は、私が信仰に入ったばかりの時の、妻との会話を思い出しました。既に説明した通り、エホバの証人の中では、天にいくようになる人は「特別な人」です。エホバの証人と聖書を学びだした当時、はじめから熱心に聖書を学ぶようになった私を見て、妻はある時家族の前で「この人は天に行く人かもしれない」と言いました。妻のその時の予想はある意味で当たりました。それは「私が天に行く人となった」というよりは、「キリストを信じれば誰でも天に行けるという真理に気付く人となった」ということだったのです!

教会の教えやクリスチャンに対する躓き

とはいえ、そこからの道のりは、大きな困難の連続でした。一緒に何箇所かの教会に足を運んでみましたが、教会の教えや雰囲気、メッセージの内容に対して、妻は度々躓きを感じ、失望をしていったのです。

妻が教会と比較していたのは、常にエホバの証人でした。そして、色々な教会と比べていく中で、エホバの証人の人たちや集会の内容の方が、学びの熱心さや雰囲気の面で、現実的には優れていることが多かったのです。(もっとも、エホバの証人の教えの内容は大きく誤っていますが。)

例えば、エホバの証人の間では、丁寧な言葉遣いが奨励されますが、特に集会でプログラムを扱う際などには、兄弟・姉妹は相手に不快を与えないようなちゃんとした言葉遣いをします。ところが、教会の礼拝に足を運んでみるようになると、牧師さんの個性によって言葉遣いにかなりにバラツキがあり、そこで語られる特定の表現に、耐えられなくなったこともありました。

また、エホバの証人の集会は、完全に自由献金制のため、集会中に寄付が募られることが一切ありませんが、プロテスタントの教会の中では、普通に献金箱が回ってくるだけでなく、献金の行いがかなり強調される場所もありました。このような方法も、妻に対して大きな抵抗を感じさせるものとなってしまったのです。

このような感じで、教会に行きながらも、常に心の中で反発心も感じていた妻は、中々新たな教えや環境・人に対して、心を開いていくことができませんでした。それでも、神を完全に否定することはできず、日々の祈りは継続しているようでした。

妻との確執

エホバの証人には絶対に戻らない

実際に、妻が教会に対して感じるのと同じようなことを、私も多々感じる時がありました。そして、「なんで、教会なんかに行き続けようとするの?エホバの証人の方がずっと良いじゃないの。」と、何度も妻から言われました。

それでも、私はエホバの証人に戻る気は「一切」ありませんでした。彼らの側に多少優れている面があるとしても、既に、エホバの証人の教えの多くに重大な問題があることを深く認識しており、そのような誤りの組織に属し続けて、誤った神の教えを人々に説くなどということは、私にとっては考えられないことだったからです。

神の言葉を正しく解き明かし、それを正しく人々に伝えることは、自身の救いや、福音を伝えられる未信者の人々にとって、永遠に関わる重大な意味を持っており、神の導きによって、私はそれを強く認識するようになっていました。どんなに熱心であっても、人を誤った方向に導くくらいなら、はじめから何もしない方が遥かに勝っている、と私は考えていたのです。

信仰の違いによる夫婦の問題

妻は教会に通いながら、自分なりにエホバの証人と教会の教理の違いなどを調べたりしていました。私も、参考となる資料や本を紹介したりして、妻が正しい信仰へと導かれるように働きかけてはいました。しかし、幼い時から長年教え込まれてきたエホバの証人の教えが常に頭の中に引っかかり、中々スムーズに受け入れることができませんでした。

このような信仰の段階や立場の違いは、夫婦関係に亀裂をもたらし、大きな喧嘩に発展することもしばしばありました。そして、私が教会関係の活動にフォーカスしていく姿を見て、反対をしてくることも多々あったのです。「教会がバビロンである」という教えは、それほど深く、妻の頭に染み込んでいたのです。

また私は、将来的に牧師になりたい、と妻に話していました。これは、エホバの証人時代に、将来的に長老になれるよう志を持っていた私にとっては自然なことでした。ところが、まだエホバの証人に留まるか、プロテスタントの教会に通っていくのか、立場がはっきりしない妻にとっては、これは大きな悩みの種でした。

夫婦として教会に通っていくくらいならまだしも、もしも牧師という公の役職に就けば、妻の家族にそのことが知れるのは時間の問題です。既に説明した通り、一度エホバの証人としてバプテスマを受けた者が、その後組織から離れることがあれば、その人は背教者とみなされ、たとえ親族であっても、交流を大きく制限されるのです。

このような背景から、自分の家族との関係と、夫が将来的に目指す方向性との両立に困難を感じた妻は、その心配が重くのしかかっていました。私は妻に、「どちらにしても、そのような問題が現実化してくるのは、まだ当面先のことだし、今はまず、神の御言葉に沿って、自分の信仰の立場を確立することが最優先だよ。」としばしば語っていましたが、信仰の立場が定まらない間は、その心配事は、確かに夫婦の間に確執を生む原因となっていました。

とはいえ、今思えば、神は物事が正しく進むよう、私たち夫婦関係を、瀬戸際のところで守っておられました。

教会へのイメージが改善する。

教会に対する妻の疑念は続いていましたが、ある教会の牧師さんが相談に乗ってくれる、ということで、夫婦でゆっくりお話をする機会を持つことができました。その時牧師さんは、妻が感じていた様々な疑問に対して、ちゃんと聖書から答えてくれました。そして、その牧師さんが牧会している教会に一度来てみるように、と招いてくれました。

妻は、その時の牧師さんの対応に好印象を持ち、後日その教会に足を運んでみることになりました。そして幸いなことに、その教会は、教会に対して妻が持っていた悪いイメージや疑念の多くを解消してくれました。そして、私たちは、その後しばらくの間、その教会に定期的に足を運んでいくようになったのです。

そして、その教会のクリスチャンとの交流を深めていく中で、確かにエホバの証人だけでなく、教会の中にも神を愛する人々がいるんだ、ということを、妻は肌で感じるようになっていきました。

また、イエスが神である、ということも、頭では徐々に理解することができるようになっていきました。ある聖餐式の時には、妻はイエスに招かれているようにはっきりと感じた時がありました。主は、聖霊によって、キリストを信じる者が、そのパンとぶどう酒に与ることができる、ということを教えてくれたのだと思います。

こうした経験の中で、それまで「大バビロン」として教会をイメージしていた妻は、そのイメージを徐々に改めていくことができるようになったのです。

真理への探求と戦いから再洗礼へ

継続していた個人聖書研究

妻に真実を告白し、教会に通いだしてからも、私の中では、正しい聖書理解への探求が続いていました。エホバの証人の教えと、キリスト教の教え、どちらに正しい聖書理解があるのかを、すぐに確信していくことはできなかったのです。とはいえ、幾つかの教理については、答えを確信するのが難しくは無かったことを覚えています。

例えば、エホバの証人は、死後の意識や地獄の存在を否定していますが、この教えが間違っていることは、比較的簡単に、聖書から証明することができました。死後の世界に関する聖書の教えを最も証明しやすいのは、個人的にはルカ16章にある「金持ちとラザロ」の話で、そこで描かれている死後の世界の話があまりにも具体的なので、冷静に読んだ時、私は信じざるを得ませんでした。

また、ハーベストタイムが提供している「聖書が教える死後の世界」のセミナーを学んだり、補足資料として臨死体験に関する本に何冊か目を通してみることで、この問題に対する確かな答えを確信しました。

他にも、輸血の問題、十字架の否定、聖餐式の表象物に与る基準、などの主要な違いについては、特に悩むことなく、答えを確信していくことができました。しかし、次に挙げる二つのテーマは、私の頭を悩ませる信仰上の問題として立ちはだかりました。

聖書の霊感性の問題

聖書の霊感性についていえば、エホバの証人は、十全霊感説の立場を固くとっており、私はそれが真理だと確信していました。ところが私は、エホバの証人を離れて色々な神学に目を通していく中で、リベラル(自由主義神学)の存在を知るようになり、聖書に誤りがあるかどうかを調べるようになりました。その結果、私は一時期、聖書の中の創世記に書いてある記録の歴史性が、わからなくなりました。

この問題は、おそらく私にとって、最も大きな信仰の戦いとなり、私の頭を大いに悩ませる問題となりました。しかし、私は最終的に見出される答えがどのようなものであれ、真実に立脚した教えを語らなければ意味が無いと考え、その分野に関する研究を続けました。そしてその研究は、聖書に対する私の理解を、結果的には一層深めるものとなりました。

私が発見したのは、聖書全体の論理構造の一貫性です。そして、その構造は、創世記の1~9章の歴史性を土台として、全て成り立っているのです。そして、メシアであるイエス・キリストの役割についても、創世記の歴史性、例えばアダムの罪によって始まった人類の堕落を前提にしなければ、何の意味もなさないのです。

研究をしていく中で、新約聖書の全ての記録は、学術的に極めて信頼性の高いものであることがわかりました。そうであれば、後は新約聖書が描いているイエス・キリストという人物に焦点をあて、彼が誰で、何を語ったのか?という点を考察していけば、聖書全体の信頼性についても、確かな答えが見いだせることがわかりました。つまり、現代の私たちにとっては、キリスト論的な論証方法が、最もわかりやすく確実であることがわかったのです。

「17 わたしが律法や預言者たちを破棄するために来たと考えてはなりません。破棄するためではなく,成就するために来たのです。18 あなた方に真実に言いますが,律法から最も小さな文字一つまたは文字の一画が消え去って,[記された]すべてのことが起きないよりは,むしろ天地の消え去るほうが先なのです。」(マタイ5:17-18)

イエス・キリストは、旧約聖書の完全性と霊感性を、明確に宣言しました。また彼が教えた弟子たちも、それと同一の信仰を一貫して保持していました。ならば、キリストが永遠に生きている真実な証人である以上、聖書の言葉もまた真実であるという点に、議論の余地は無いのです。

そして、多くの視点を考慮した上で、私は聖書が神の言葉であり、真実の歴史を記録したものとして、確かに信頼できる書物であることを、聖霊の導きによって確信できるようになりました。ハレルヤ!

三位一体論

教会に通っていく中で、私の中で特に問題となった教理は三位一体論でした。なぜなら、結局この教理は、人間の視点では、論理上完全に矛盾するからです。聖書研究を進めていく中で、聖書が確かにイエスを神として描いていることはわかりましたが、そうではないと見られる記述もあるため、一時期私は、三位一体論は絶対化すべきでない、という立場を主張するようになっていました。

聖書研究をする時の私の方法は、いつもインプット⇒アウトプット形式でした。つまり、テーマとなる教理がある場合、それを理解するために、単に聖書や関連書籍を読むだけでなく、読んだ内容を整理しながら、レポートにまとめていく、という流れです。

私は、正統と異端を分けるほどの重要な教理である三位一体論について、しっかりと比較検証をしていく必要性を感じました。そして、そのレポートの全てを、ブログに公開しだしました。かなり根気のいる作業でしたが、私はどちらかの立場に偏ることがないよう、できるだけ中立の立場を意識しながら、議論の対象となりやすいそれぞれの聖句を、レポートにまとめて投稿していきました。

三位一体論に関する議論を要約すれば、「イエスは神か」「聖霊は人格的存在か」という点に集約されると思いますが、その中でも重要なのは、イエスの神性に関する問題だと言えます。イエスが神であるという結論に達すれば、結果としてその結論は三位一体を肯定する見解へ導くものとなるからです。

三位一体論に関するブログの記事が完成に近づくにつれ、結果として、私は三位一体論を支持するようになりました。そして、「イエスが神である」という結論へ私を導いた大きなポイントは、次の三つの点にありました。

  1. 聖書は明らかにイエスが神であることを示している
    丁寧に聖書を読んでいくと、確かにイエスは、神性を持つ神として描かれています。例えば、黙示録5章では、24人の長老たちが、父なる神とイエスをはっきりと礼拝している様子が描かれているのです。
  2. ユダヤ的視点で聖書を読む
    聖書の中で、イエスが神として示される一方、イエスを神と区別して表現している箇所も無数にあるので、その事実が、三位一体論に関する幅広い議論を起こす要因となっています。つまり、聖書の言葉の「解釈」の問題があるのです。私はハーベストタイムのメッセージを聞いて、聖書はユダヤ的視点で読むことが重要だと理解するようになりましたが、イエスの神性に関する解釈にユダヤ的視点を適用すると、やはりイエスが神であること全く否定できなくなるのです。
  3. 世界中で報告されるキリストの出現
    イエスは今も生きて働いており、キリストの出現を目の当たりして信仰を持った、という証が、世界中で数多く報告されています。特にイスラム教徒の間で見られる出現の現象は顕著です。私は彼らの証を見ていく中で、イエスが一貫して「神」として示されていることに気が付きました。これらの体験報告は、三位一体論を支持する目的とは何の関係もないので、私とって、イエスの神性を裏付ける補足情報となりました。

このような結論に達したことを私は神に心から感謝しています。おそらく、別の結論へ導かれていたら、今プロテスタントのクリスチャンとして活動はしていなかったことでしょう。神は確かに、私を真理へと導かれたのです!

正確な知識がもたらした良い変化

エホバの証人の教理を抜け、正しい聖書理解へ繋がる道は平坦ではありませんでしたが、それらの研究はかえって、聖書の御言葉に対する私の確信を強めていくものとなりました。それは、私の中の伝道や奉仕への熱意をさらに高めるものとなりました。

妻の方は、プロテスタントの教会に対して疑心暗鬼の真っ只中でしたが、置かれている環境に関わらず、奉仕に対する熱意を変わらず持ち続けている私の姿は、後から知ったことなのですが、教会や聖書の信仰に対する妻の見方に、確かに良い影響を与えていたようでした。

イエスが神だと理解するようになり、そのような信仰や賛美の曲に囲まれるようになってから、私にとって、以前よりもイエスは身近な存在となりました。そして、ワーシップソングを歌いながら、イエスの十字架によって示された神の愛に感動し涙を流す時は、エホバの証人であった頃よりも、ずっと多くなっていったのです。

今でも、神に心を向ける時の私の涙腺は、緩くなり続けています。神が共におられる、ということを年々実感するようになっているからです。

また、エホバの証人の束縛を離れ、色々なクリスチャンの証に目を通すようになった私は、祈りの重要性を、以前よりも深く理解するようになりました。そして、毎日ちゃんと時間をとって、自分の家族や友人の一人一人の名前を挙げて、執り成しの祈りをするようになりました。妻に対する祈りを欠かさなかったことは言うまでもありません。

また、色々な教会やミニストリー、日本や世界の他の国々、そしてユダヤ人のためにも日々祈るようになっていきました。

エホバの証人の間でも、祈りが大切であることは教えられますが、祈りについての深い理解を教えられることはありませんでした。なにせ彼らは、洗礼を受けてもすぐに神の子どもになれるとは教えないのですから、教えの内容に限界があることは当然なのです。

聖書塾の始まり

イエスが神であると確信した私は、プロテスタントの教会に通っていくことに対して、何のためらいも無くなりました。そして、将来を見越して、神学校へ通っていきたいと思うようになりました。

私は、今の自分の生活条件や、神学的理解に合致する神学校を一通りリストアップし、気になるところへは見学にも行きました。また自分の私見だけでなく、周りのクリスチャンの先輩方からも、神学校の様子について、色々な情報を得ました。

そして最終的に、私にとって、素直に「ここで神学を学びたい」と感じた場所は、ハーベストタイム・ミニストリーズが主催している「聖書塾」でした。私は、それまでにエホバの証人と正統派キリスト教の教理を比較する上で、既にハーベストタイムのコンテンツには大変お世話になっていました(三位一体論や死後の世界、終末論など)。

また、体系的・論理的にきれいにまとまっている情報が多く、終末論にも力を入れているため、元エホバの証人の私にとっては、聖書を学び直すのに最適な環境が整っていると感じたのです。(エホバの証人の多くは終末論に高い関心がある)

また、聖書塾に行くこと対しては、妻も前向きな姿勢でした。それまでに何度かハーベストタイムの定例会には夫婦で参加したことがありましたが、聖書の教えをしっかりと解説する中川先生のメッセージに、妻は好印象を持っていたからです。

聖書塾では、最初の四ヶ月で、聖書全体の流れを、時系列で一気に学んでいきます。それまでにエホバの証人として教わってこなかった教えや時代背景なども詳しく知ることができ、その学びは私にとって、とても楽しいものでした。

また、私は学んだ内容を、よく妻と自宅で分かち合っていました。中々エホバの証人の教理が抜けなかった妻でしたが、ヘブル的視点に立脚した聖書の学びは、妻にとっても新たな発見の多い楽しいものとなっていました。また、後になって知ったのですが、私がシェアした多くの聖書知識は、その場では半信半疑かのように見えても、妻の心には確かな影響を与えていたのでした。

代々木公園通路チャペルでの奉仕

2014年頃から、私は路上生活者向けのミニストリーに携わる思いが与えられ始めました。そして、ある教会のホームレスミニストリーに、定期的に参加をするようになりました。その後、友人のクリスチャンの紹介で、代々木公園で毎週土曜日の朝に行われている「代々木公園通路チャペル」に出会うことになります。

私は、2015年の夏くらいから、公園の通路で路上生活者向けに行われる礼拝に定期的に通い、奉仕をするようなりました。教会とはいっても、教会堂も椅子もありませんが、そこには確かに主の恵みが豊かに働いており、多くの路上生活者にとって、「救いの通路」となっているのです。

妻も、時おりそのチャペルには参加するようになりましたが、プロテスタントの教会の中でも、はじめてその場の雰囲気に感動したのが、代々木公園の通路チャペルでした。

父・子・聖霊の名によってバプテスマを受け直す

教会に通い、神学の学びを深めながら、神は何度かにわたって、私がバプテスマを受け直すべきことを示されました。私の中でも、徐々にその思いは高まっていき、聖書塾の学びの中で、洗礼の正しい意味について学んだ時に、洗礼を受け直す必要性を確信するようになりました。

洗礼には、本来「一体化」という意味がありますが、洗礼を受ける人は、洗礼を授ける人、あるいはその洗礼者の語るメッセージと一体化することになります。イエスの名によってバプテスマを受ける人は、キリストと一体化するわけですが、私がかつてエホバの証人としてバプテスマを受けた時は、霊的に「エホバの証人という組織」と一体化していたのです。

そのことを悟った私は、「エホバの証人との一体化」を解除し、正しく「キリストと一体化」したことを表すために、洗礼を受け直すことを決意しました。そして、毎週の奉仕を通して親交があった、通路チャペルの奥津牧師に、洗礼を授けてもらえるよう申し出ました。

2016年の6月、私は新宿の一角にある家の教会の浴槽で、奥津牧師から、「父と子と聖霊の名」によって、洗礼を受けました!ハレルヤ、主に感謝します!

結論―私が学んだこと

エホバの証人は重大な過ちを犯している

にせ預言者たちに気をつけなさい。彼らは羊のなりをしてやって来るが、うちは貪欲な狼です。」(マタイ7:15、新改訳)

エホバの証人による聖書の教えには、複数の重大な誤りがあります。統治体は、それらの全ての教理について、「自分たちは真理を再発見したのであり、それに気づかないキリスト教は偽の宗教だ」と豪語しますが、偽の教えを広めているのは、彼らの方なのです!彼らは、神学者たちが歴史的に探求し保持してきた聖書の正しい教えを勝手に歪め、教会に分裂をもたらしているに過ぎないのです

イエスは神であり、死後の意識や天国・地獄は実在するのです。人は誰でも信仰を持った瞬間に神の子となるのであって、全ての信者はキリストと結ばれており、天的な希望を抱いているのです。

私たちクリスチャンは、様々な機会を通して、彼らが誤っていることを証言していく必要があります。多くの善良な人々が、偽りに引き込まれ続けているからです。

いかなる人間の権威も絶対化してはならない。

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネ3:16、新改訳)

エホバの証人の組織において、絶対化された権威である統治体は、まさに「ガン」のような存在です。聖書は、イエスだけが唯一の道であると明確に教えているのにも関わらず、統治体は、イエスと信者との間に、救いの経路として割って入っているからです。

救いはただ、恵みにより、キリスト・イエスに対する信仰によって与えられるのです。

「8 まさにこの過分のご親切のもとに,あなた方は信仰によって救われているのです。そして,これはあなた方によるのではなく,神の賜物なのです。9 そうです,それは業によるのではありません。だれも誇ることのないためです。10 わたしたちは[神]の業の所産であって,キリスト・イエスと結ばれて良い業のために創造されたのです。それは,わたしたちがそのうちを歩むようにと神が前もって準備してくださったものです。」(エペソ2:8-10、新世界訳)

信徒を教育するために神によって立てられた牧師やリーダーたちは、神と人間との間に割って入るためではなく、一人一人の信徒が神との良い関係を保つことができるよう助ける存在なのです。

聖書が、「義人は一人もいない」と教えているように、誤りを犯さない人間は一人もいません。全ての信徒は、上に立つ権威を絶対化せず、自ら聖書を読み、何が神の御心なのかを判断することができるよう、成長していくべきなのです。

求め続ければ与えられる

「求めつづけなさい。そうすれば与えられます。探しつづけなさい。そうすれば見いだせます。たたきつづけなさい。そうすれば開かれます。8 だれでも求めている者は受け,探している者は見いだし,まただれでもたたいている者には開かれるのです」(マタイ7:7-8)

主は、御心に適うことを求め続ける者に、必ず豊かに与えてくださいます。私は、ここで証した経験全体を通して、そのことを実感しました。私は、求め続けました。そして、真理を見つけ出し、神の子どもとされる特権を与えられました。

今、主から与えられた豊かな恵みに心から感謝しています。これら全てのことを私たちに啓示されたのは、人間ではなく、神ご自身なのです。

「16 シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」 17 するとイエスは、彼に答えて言われた。「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。」(マタイ16:16-17、新改訳)

真の教会が増えなければならない

それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。(マタイ28:19-20、新改訳)

エホバの証人は、多くの点で誤っているとはいえ、伝道と学びに熱心な弟子を訓練し育てていく点においては、多くの教会よりもずっと優れています。ですから、たとえ彼らに真実を伝え、エホバの証人から脱退させることができても、受け皿となる教会が、本物のキリストの弟子を育てていなければ、彼らは幻滅することになるでしょう。

実際にその問題は、私たち夫婦を悩ませた大きな問題の一つだったのです。ですから、エホバの証人の救出活動は、真の教会を整えていくことと、切っても切り離せない関係にあると言えます。

主は生きている

イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。」(ヘブル13:8、新改訳)

私の証を、最後に簡潔にまとめるとするなら、「主は生きている!」の一言につきます。天地を創造し、十字架にかかり、復活したイエス・キリストは、永久に変わることの無いお方であり、そのキリストが、今も変わることの無い方法で、私たちを真理へと導いておられるのです。

私がエホバの証人として過ごした経験は、決して無駄ではありません。神は、同じような境遇にあって苦しむ人々の助けとなれるよう、そのご計画にしたがって、私を救い出されたのです。

神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」(ローマ8:28、新改訳)

私の証が、同じような問題に悩む人々を助け、励ますものとなりますよう、キリスト・イエスの名によって、心からお祈りしています。

脚注

[1]  エホバの証人は、「教会」のことを「会衆」と呼びます。世界中の地域は、地域ごとに「会衆」という単位で分割され、集会や奉仕などの活動は、基本的に各会衆ごとになされます。基本的に各成員は、自分の家が属する地域の会衆と交わることが勧めされています。

[2] 群れとは、会衆の成員を、さらに細かく分けた小さなグループのこと。教会などでは一般的に「スモールグループ」という表現がよく用いられます。

[3] 終末論の立場についてはキリスト教内でも議論がありますが、私はマタイ24章の世界宣教の預言が、7年間の患難時代の間に行われる宣教を指していると信じています。

[4] エホバの証人は組織信仰の傾向が強いため、自分たちのグループのことを、よく「組織」と表現します。

[5] 背教者とは、一度エホバの証人としてバプテスマを受けた後、組織から離れた人を指します。したがって、組織を離れた後、キリストに対する信仰を保持していたとしても、その人は反論の余地なく「背教者」と見做されます。

[6] 統治体とは、世界中のエホバの証人を指導する役割と責任を持った、十名前後から成る兄弟たちのこと。実質、エホバの証人のリーダーのグループのことです。

[7] 巡回監督とは、定期的に巡回区を巡回訪問し、各会衆の指導をする責任をもった監督。組織の中での権威は、各会衆の長老たちよりも上であり、重要な問題を審理する場合は、巡回監督が立ち会うことも少なくは無い。新約聖書で言えば、パウロやテモテ、テトスのような役割と言える。

[8] ものみの塔協会(正式名:ものみの塔聖書冊子協会)は、エホバの証人の組織の法人名です。一方、「エホバの証人」は、その団体に属する信者の呼称です。

[9] 表向きは、統治体の兄弟たちの決定は、いつも聖霊の導きによって満場一致で決定される、と教えられています。しかし、フランズ氏によれば、その言葉は嘘でした。


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3件のフィードバック

  1. digipino より:

    >「というのは,神は世を深く愛してご自分の独り子を与え,だれでも彼に信仰を働かせる者が滅ぼされないで,永遠の命を持てるようにされたからです」(ヨハネ3:16)

    > この聖句では、御子を信じる者が、一人として滅びることがない、と名言されており、永遠のいのちを得ることが、組織とは何の関係もないことがはっきりと示されているのです!

    激同! よく知られている聖句ではあるが、啓示21章3節の「人」または「人々」とは何者であろうか?

    3「見よ! 神​の​天幕​が​人​と​共​に​あり,[神]は​彼ら​と​共​に​住み,彼ら​は​その​民​と​なる​で​あろ​う。そして​神​みずから​彼ら​と​共​に​おら​れる​で​あろ​う。4 また[神]は​彼ら​の​目​から​すべて​の​涙​を​ぬぐ​い​去っ​て​くださり,もはや​死​は​なく,嘆き​も​叫び​も​苦痛​も​もはや​ない。以前​の​もの​は​過ぎ去っ​た​の​で​ある」(啓示21:3, 4 敢えて新世界訳)

    ανθρωπων (アントロゥポゥン) [男の]人たちの 名詞・属格・複数・男性

    エホバ​よ,だれ​が​あなた​の​天幕​の​客​と​なる​の​でしょ​う​か。
    だれ​が​あなた​の​聖​なる​山​に​住む​の​でしょ​う​か。(詩編 15:1)

    そして,諸​国民​は​その​光​に​よっ​て​歩み,地​の​王​たち​は​自分​の​栄光​を​そこ​に​携え入れる​の​で​ある。(啓示21:24)

    それは、「諸国民」、異邦人たちである。JWの言う「大群衆」ではない。異邦の諸国民である。
    εθνη (エスネィ) 異邦の民たちは 名詞・主格・複数・中性
    εθνων (エスノゥン) 異邦の民たちの 名詞・属格・複数・中性

    • Webmaster-GJW より:

      digipino様
      コメントありがとうございます!また、「人」や「諸国民」について、興味深い点をご指摘いただきありがとうございます。黙示録21章~においても、ユダヤ人と異邦人の区別があることは、JWにとっては完全な盲点と言えますね。今後の学びの参考とさせていただきます。

      • digipino より:

        こんにちは。もしかして知恵袋でお世話になったかも・・・言語ヲタのdigipino参上w

        さて、啓示19章ではJWセールスポイントの『大群衆』が登場する。大群衆と訳されているのは、「οχλου(オクルー)群衆の」「πολλου(ポッルー)大いなる[ものの]」である。しかし、19:15では「εθνη(エスネィ)異邦の民ら」という人々も登場する。

        「彼の口より利き劍いづ、之をもて諸國の民をうち、鐵の杖をもて之を治め給はん」(黙示録19:15)
        19:15でイエスの口から出ている剣で打たれ、鉄のつえで牧される諸国民のみなさんの末路は如何に? 胸が痛む…

        その末路は、『聖書は千年王国について 何を教えているか』の「 V. 千年王国における異邦人」において、説明されていたw 納得w
        ところで、「εθνη(エスネィ)」が用いられている聖句を調べていくと興味深い考察が見えてくる。是非、記事を書いてください。

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