ものみの塔のアキレス腱―エルサレム陥落の年代をめぐって―


ものみの塔のアキレス腱

この本は、ものみの塔の数ある教理の中でも、特に「1914年」の教えの妥当性に焦点を合わせた専門的な解説書です。

ものみの塔にとって「1914年」に関する教理とは、その組織の絶対的権威を裏付ける上で極めて重要な位置を占めるものであり、本のタイトルの通り、まさに「アキレス腱」と呼ぶにふさわしいものです。

教義の内容を要約すると、次のようになります。

  • 1914年に異邦人の時が終了し、キリストの目には見えない臨在が始まった。
  • キリストの即位と共に、サタンが地に投げ落とされ、終わりの日が始まった。
  • 王となったキリストは、1914年~1918年の三年半の間、世界中の宗教を検分し、1919年に、ものみの塔協会を唯一の忠実な奴隷として任命した。以後、キリストはものみの塔協会を通して、地上の業を推し進めている。

では、協会はその1914年という年代を、どのように聖書から説明しているのでしょうか?その重要な鍵となるのが、「異邦人の時」の計算式の起点とされる「古代エルサレム陥落の年代」です。ものみの塔は、古代のユダ王国のエルサレムが、新バビロニア帝国によって陥落した年代を、教理の正当化のために「紀元前607年」だと主張しています。

ところが、世界中のあらゆる専門家は、その年代を「紀元前587~586年」だとしており、ものみの塔の主張を支持する人は皆無なのです。

このような歴史上の出来事の正確な年代を調べるのは、一般の人々には中々難しいものですが、本書はその問題を解決しており、エルサレムの倒壊がたしかに紀元前587年頃であったことを、合わせて11の歴史的・考古学的な証拠を挙げながら説明しています。

  1. プトレマイオスとベロッソス。
  2. 王朝の日付の入った書字板
  3. エグビ家の文書
  4. ナボンH1B
  5. ナボン18号
  6. ナボン8号
  7. VAT4956
  8. ウルク列王表
  9. バビロニア年代記
  10. BM32312
  11. エジプトの記録

他にも、1914年説に関する解説と反論が一通り網羅されており、とても読み応えのある一冊となっています。本書を通して読者の方々は、「1914年の教理」及び「紀元前607年説」が全くの誤りであることの確かな証拠を目にすることでしょう。

ものみの塔のアキレス腱―エルサレム陥落の年代をめぐって
中沢啓介
からし種出版
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4件のフィードバック

  1. GJ より:

    エルサレムは紀元前607年に滅亡しました。 これは新バビロニアの考古学資料によって証明されます。 これを知りたければ下のリンクに接続してください.

    https://blog.naver.com/gjinzzang

    • GJ より:

      最も重要な資料であるVAT4956は紀元前607年に一致します。 プログラムを使って直接検証してみた結果,この点を確信するようになりました。 特に伝統連帯である紀元前568年の月食はVAT4956と一致しません。 これはエルサレムが紀元前607年に滅亡したという有力な証拠です。 私はそれを直接検証して,そういった結論に至りました。

  2. GJ より:

    私はまた,文章のすべての考古学資料にも目を通しました。 その結果,シンバビロニアの連帯は,従来知られているものよりずっと拡張されなければなりません。 これは不可避なものです。 私は長い間この問題について話し合い,明らかな証拠を提供してきました。 その結果物を私のブログにアップデートしておきました。 グーグルが提供するchromeを使用したら私の文章を翻訳して読むことができます。

    • Webmaster-GJW より:

      こんにちは、返信が漏れており大変申し訳ありません。
      GJ様は、エホバの証人の方ですか?
      エルサレムの倒壊年代については、VAT4956だけでなく、他に10程度の考古学的な根拠があるようですが、それらも全部調べられたのでしょうか?

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